[茂木健一郎]<星への旅行は不可能>星は見上げて「キラキラしてるな」と思うことしかできない


茂木健一郎[脳科学者]

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ぼくが経験できるのは、この宇宙のせいぜい100年程度の時間のスライスだが、最新の考えによると、この宇宙の年齢は137億年らしい。そのほとんどは、「これまで」も、「これから」も、とにかくぼくにはどうすることもできない。

確か『生きて死ぬ私』だったか、恐竜時代にも、じりじりとした夏の午後、のような時間があったはずで、そのような「今、ここ」の感じは、ぼくがコンビニに歩く「今、ここ」の感じと同じだったはずだ、みたいなことを書いたが、いずれにせよ、そういう時間の「今、ここ」は、全く自由にならない。

ぼくたちはcurrent affairs(時事)について、ああだこうだと言っているけれども、存在の本当の驚異は、「今、ここ」がどうしょうもなくずっと積み重なっていて、137億年も続いている(この宇宙だけで)ということの中にあるはずで、それはもう、パスカルが言うようにどうしょうもない。

先日、宮島に行ったとき、空に星がいっぱいあった。プラネタリウムクリエイター・大平貴之さんはメガスターから今度はギガスターを計画しているようだけど、肉眼で見えるのは限られている。

星はきれいだな、と思うけれども、とりあえずどうすることもできない。おそらく、旅することもできない。

われわれがいる銀河、すなわち天の川銀河(銀河系)の大きさは約10万光年で、宇宙全体から見れば小さいが、何しろ、光の速度で動いても10万年かかるわけだから、旅しようとしても、普通の時間スケールでは無理である。相対論的効果を考慮しても、旅している間にヘタすると人類が滅びる。

空にキラキラと光っている星の中には比較的近いものもあるだろうけど、旅行は現実的ではない。もっとも近いケンタウルス座アルファ星で、4.39光年。まあ、当分行くことはできないだろう。

つまり、見上げてキラキラしているな、と思う以外の関わり方は、できない。

時間にせよ、空間にせよ、絶対に到達、超越できない隔たりに囲まれて生きている、というのは、時々思い出してみると、魂の底がひんやりとするような感触に満ちていて、そんなに悪くない。

一方、current affairsは私たちの生に近い関心事だが、ミルクのように濁り、見通しがない。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。