<星の降る町で100万円の手形をなくした話> 銀行ドラマの卵『事実は脚色できるほどに奇なり』


柴川淳一[郷土史家]

 

岡山県西南部に美星町と言う名の町があった。夜になると条例で街の灯りは消える。高台に上ると「星の海」に放り込まれたように錯覚する。漆黒の闇の中、回りはすべて星である。

20年前、その美星町の近くの銀行支店に赴任した。そこで百万円の約束手形が1枚、行方不明になった。3時の集計時に現物がないことが判明した。

「手形が1枚ないぞ!!皆!探してくれ!」

真相は、行員が誤ってごみ箱に落とし、それをシュレッダーにかけたというものだ。

「すみません。今、ごみをシュレッダーにかけてたら、手形みたいのが1枚、すーっと入っていきました。」

支店内は大騒ぎになった。それから、ロビーに新聞紙を敷き、裁断された破片の中から、紙片を拾い集め、手形を復元しようとした。控えから或る都市銀行名古屋某支店が支払行で額面百万円と判明した。

支店長が指示を出した。

「融資班は紙片を探し出せ。」

「次長は警察署に行き、手形の遺失物証明を頼んで来い。」

「この手形を持ち込んだ御客様の連絡先を調べろ。」

「私が指示したら、新幹線の切符と、菓子箱をすぐ手配しろ!」

手形が消えた以上、復元するか、いったん取引をリセットするかの方法が妥当である。しかも、できるだけ短時間でやらなければいけない。手形振出人、受取人双方の協力も必要だ。

受取人(支店に割引依頼をした顧客)に電話したが、外出中で、連絡がつかない。5時を回った。支店長は預金課長に集計を取らせた。とりあえずその日の締めを完了させた。「締め」がないと何時になっても一人も帰れないのだ。割引対価の不足百万円は仮払いの処理をしている。

「本部報告!」融資課長に事故報告を命じた。事故は速やかに本部報告することになっている。事故の規模によっては、日銀、金融監督庁に報告が行くこともある。だから、この瞬間は支店の者にとっては、もっとも緊張する瞬間となる。

次長が警察署から帰って来た。手形の紛失、盗難に該当しない為、証明は不可との事である。6時を過ぎ、女性行員は全員、退行した。

7時過ぎに都市銀行のロゴマークの破片が確認された。しかし、1ミリ、2ミリ単位の紙片が20枚くらい出たに過ぎない。支店長が夜食の指示をした。今日は帰れないな。全員が覚悟した。出前のラーメンも交代で食べ、破片探しは延々と続いた。

8時過ぎ、「銀行名、出ました。」「こっちは支店名らしきもの出ました。」しかし、破片は破片である。(ここに手形らしきものが存在したらしい)という程度の説明しかできない。まして、警察が証明を断った以上、公示催告手続きによる手形の除権判決(手形を無効にする事。)も得られない。

証明書なしで裁判所に陳述したところで決定まで1年近くかかる。他に打つ手はないのか?破片を拾い続ける行員の声は続く。

「振出人名、確認できました!」

「チェックライターの¥マーク見えます!」

9時を回った頃、支店長宛に割引依頼人から電話が入った。支店長は事の経過と謝罪と対応策を説明した。落ち着いた口調で、はっきりと、しゃべった。20分経過した。支店長は電話を置いた。

「どうでした?」

支店長席を全員が取り囲んでいた。

「社長は全面的に協力してくれるそうだ。10分したら、名古屋の振出人に銀行から電話を入れられるよう、とりはからってくれるそうだ。」

夜の10時に見知らぬ地方銀行からの電話は先方も困惑するだろうと割引依頼先の社長は気遣ってくれたのだ。10分もしないうちに電話が鳴った。なんと名古屋の振出人の方から支店長宛に電話をくれたのだ。支店長は、謝罪、経過説明、対応策を先程以上に、落ち着いた口調で、はっきりと、述べた。それに対して相手が短く答えている。数分で電話は終わった。あっけない終息であった。

支店長が全員に告げた。

「皆、本日はご苦労さん!たった今、解決した!反省会は明朝にする。名古屋の振出人さんのおっしゃった事だけ、今この場で皆に伝えるから、直ちに帰って休むよう!!」

(いやあ、びっくりしました。当社の振り出した手形をシュレッダーにかけたと言うので。私は長年、都銀と取引しているがこんな事は初めてだ。ちゃんと解決しないとね。よろしい。私は明日、速達で受取人さんに百万円の小切手を送ります。これで今回の彼との取引は無事、終了ですね。当社の手形は除権判決を得られない。が、銀行さんで割引の取消をしてくれるなら、当社の二重払いのリスクもない。これで、一件落着ですね。ああ、そうだ。支店長さん。拾い集めた当社の手形の破片、それを記念に頂戴できませんか。)

午後10時を回っていた。今日一日で二日分働いたような気がする。支店の外に出た。夜空を見上げた。そこには高層ビルもイルミネーションもない。

漆黒の闇に満天の星が瞬いていた。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。