<ぞっとする銀行の話>満期になった故人の定期預金を争う醜さ


柴川淳一[著述業]

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筆者は銀行を退職して三年近く経つ。それなのに、未だに夢に出てくるのは、倒産や差し押さえの現場や、裁判所での不良債務者とのやり取りなどではなく、相続預金を巡っての遺族間の争いのシーンである。

遺産を巡って相続人たちが骨肉の争いを繰り広げる修羅場。他人事とは言え、相続預金の分配の多寡を巡っての兄弟喧嘩は醜く、傍目にも嫌なものだった。まして、その兄弟喧嘩の「きっかけ」を筆者が作ったとあっては誠に慙愧の念に耐えない。

筆者が大阪市の或る店舗に赴任が決まり、前任者との引き継ぎの時の話だ。筆者に対して前任者は次の様に忠告をしてくれた。

「定期預金の満期未処理リストの中に三千万円の大口先がある。港区のはずれの文化住宅が届け出住所になっている。山田某と言うおじいさんの名前だが、あの家に行ってはだめだ。あの家は相続でもめている。下手に満期の案内をすれば家庭紛争になる。絶対に巻き込まれるな。」

「満期未処理リスト」と言うのは、定期預金の満期日を経過後も満期元利金を預金者が受け取りに現れていない預金の一覧表のことである。

定期預金には預け入れの期限があり、その期限の日以降は預金者が払い戻しの請求をするか、「継続処理」と言って引き続き期間を延長する為、預金証書を書換えるのが普通である。それが為されていないと言うことは、預金者本人に死亡とか、預金の事実を失念してしまったとかの事情があることになる。

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筆者に釘を刺した前任者は、「港区のはずれの文化住宅に住んでいた山田某」の消息についてきっと何かしらの異変に気づいており、その住所地に満期の案内に行けば、必ずトラブルに巻き込まれるという感触を抱いていたと思われた。

大阪市港区と言うのは、東京の港区とは全く雰囲気が違う。ベタな下町である。文化住宅と言うのは当時でさえ珍しい木造の狭い住居でその名に反して文化的とは言えない。

確かに、前任者の言うとおり、わざわざ火中の栗を拾うようなことをせず、長くても三年の大阪の支店での任期を事なかれ主義で押し通せば良かったのかも知れない。

しかし筆者は港区の文化住宅を訪問し、山田某さんという男性を捜した。果たして、山田某氏は気の毒なことにすでに故人であった。筆者は近所で聞き込み調査をして、遺族の住所を訪問した。そして、相続人を捜した。

そこからは、前任者の恐れていた通り、複数の相続人とその配偶者たちが入れ替われ立ち代り、銀行の支店に現れて、めいめいが自分こそが正当な権利者であると主張した。

しかも、その誰もが遺言状も遺産分割協議書も持っていなかった。銀行としては、遺産分割協議を早急に実施するようにアドバイスをしたものの、相続人たちの欲と意地は激しく衝突し、遺産分割協議は、こじれにこじれて長期化した。

相続人たちの間で協議が成立した時には、3年の時が流れており、既に筆者は次の支店への異動の辞令が出ていた。今でもあの3000万円の預金の取り分を巡って争っていた山田某氏の遺族の罵りあい、互いに憎しみのこもった表情は忘れることが出来ない。

人間と言うものは金に汚い生き物で、欲が絡むと、これほどまでに醜いものなのだと思わずにはいられなかった。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。