<銀行のぞっとする話>ベンチャー起業家向けの「制度融資」を利用した詐欺


柴川淳一[著述業/元銀行員]

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世の中には、人を騙して借金をし、そのまま踏み倒そうとする悪人がいる。

担保物件の農地を競売した時のことだ。債務者Aは悪いやつだった。揃いも揃って還暦過ぎた元大企業出身の男達が定年後に集まっていかがわしいベンチャー企業を立ち上げた。

法人の登記簿謄本にはその企業の役員の氏名の記載があるが、全員が65歳を越えていた。メンバーのそれぞれは、日本人なら誰でも知っているような有名企業のOBだった。本社所在地が東京都千代田区で事業内容は「不動産管理業」「ビルメンテナンス業」及び「新技術による鉄筋構造物の防錆処理業」。代表者の住所は神奈川県横浜市だった。

後に、彼らが詐欺師集団と判明した時には登記簿の記載の写しが何とも白々しく見えた。

当時、ベンチャー企業を保護育成するための法案が国会を通過していた為、ベンチャー企業支援目的の様々なシステムが既に構築されていた。中でも、「新規にベンチャー企業を立ち上げようとする起業家に対する国や県や各地方公共団体の『制度融資』」は充実していた。そして、詐欺師集団は、この資金に目をつけた。あらゆる手を尽くしてそれらの『制度融資』を借りまくる。

当時、借り入れ審査条件は甘く、返済条件は緩やかで、借り入れ利率はずいぶん低かった。詐欺師集団は集めた金を投資に回し、荒稼ぎをした。借りた制度融資の返済は後回しにして投資に回す。資金が不足すると、Aは実家の農地を銀行の担保に入れて借り入れをした。

しかし、悪事は栄えた試し無しの諺通り、やがて、資金繰りは行き詰まり、破綻する。こうなった時には会社の財産も実体のないペーパーカンパニーなので脆い。取り巻きも役員も逃げ、代表者のAは孤立無援となった。

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融資先が詐欺師集団と知った地方銀行はあわてて競売申し立てを行う。Aは、地方銀行のロビーに現れ、己れの悪事を棚にあげ、抜け抜けと「伝来の田んぼを差し押さえ競売なんかされたら、先祖に対して申し訳ない。」と泣き落とし。

しかし、もう手遅れだ。

その後、農地は入札者は現れず、数回、最低競売価格を見直すもついに落札はなかった。その後、親類が地方銀行に完済し、農地を引き取った時には、悪事の報いか、Aは病死していた。

有名企業を定年退職し、故郷で農業をして安寧に暮らすと言う選択肢は彼には無かったのかも知れない。

日本の繁栄時代に企業戦士として大活躍したであろうAにすれば、生涯、人を動かし、金を動かし、世の中を動かしていたかったかも知れないが、残ったものは愚かな犯罪の実行者としての汚名だけであった。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。