詐欺師に騙されようとしている人を銀行員は救えるか?


柴川淳一[著述業/元銀行員]

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筆者が体験した銀行にまつわる事件について、後輩の現役銀行員に話したところ、

「あり得ません。いくらお客のためでも、そんな馬鹿なことは絶対にしません。我が身がかわいいですし」

と吐き捨てられた。「ああそういう時代か。正義漢気取りの馬鹿な行員はもういないのか」と何だかとても寂しくなった。

その事件とは以下のような事だ。

岡山県で井草(畳表=たたみおもての原料)の生産農家をしていた資産家の老人がいた。井草は現在では大半を中国から輸入している。国産品は、ごく少量が熊本県で生産されているに過ぎない。もはや、老資産家は廃業状態である。

彼は、老いて、時たま朦朧とした為、高齢者介護施設に入所した。この老資産家には息子が2人いた。次男は頻繁に施設に訪ねて父を見舞う。長男は随分長く顔を見せない。

井草の生産には広大な土地を要した。また収穫期になると四国地方などから多数の出稼ぎ労働者を雇った。収穫・加工は長期になるため彼らを住まわせる長屋住宅が畑の端に延々と建ち並ぶ。老人は介護施設に入るにあたり、この遊休不動産を2人の名義にするよう息子らに命じた。

ところが、長男は詐欺師と結託して悪事を企んだ。父の意識が酩酊状態の時、「詐欺師に土地を譲渡する契約」を結ばせた。更に「詐欺師は善意の第三者に転売をする契約」を結んだ。

【参考】<詐欺師と被害者>「詐欺」は騙される方にも落ち度がある?

この企みが実行されると父に僅かな農地売却代金が入るだけだ。次男が異変に気付き、老資産家と永い付き合いのある付き合いのある銀行支店長に救いを求めた。

支店長は即断し、次男と老資産家に面談した。支店長は、老資産家を物上保証人、次男を債務者として極度額10億円の共同根抵当権を設定させた。根抵当なので借入額は極度内なら100万円だけの借入でも有効だ。

こうすることにより、この老資産家の不動産を買う者は10億円の担保付きで買うことになる。そんなリスクのある物件には誰も手を出さない。

長男と詐欺師から譲渡や転売の契約書を取り返して不動産の名義を次男に変えた。長男は父に対し背信行為があった為、生前贈与の対象者から外された。

この事件は結論から言えば未遂で終わったため、誰も被害は受けていない。けれどもこの謀議自体は卑劣で卑怯な違法行為だ。真面目に働く者を犠牲にして悪人がのうのうとするのはおかしい。

このようなことは、現在の銀行業界そして銀行員たちの感覚からすれば「ありえないこと」「馬鹿なこと」なのだろう。しかし、ことなかれ主義で見て見ぬふりが出来ず、詐欺被害を防いだ銀行員の行為は間違っていないと筆者は思う。

 

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メディアゴン 編集部

メディアゴン編集部(めでぃあごんへんしゅうぶ)2014年5月末日、東京生まれ。メディア批評・メディア評論に特化したメディア専門家によるメディアニュースサイト。キー局プロデューサー、ディレクター、イベントプロデューサー、放送作家、大学教授、評論家、ゲーム作家、弁護士・・・などなど、メディアの第一線で活躍する人材が活動中。