目の不自由な人は銀行から借入することができるのか?


柴川淳一[著述業]

***

筆者がまだ地方銀行の銀行員だった頃の話。

5年間分割返済の銀行借入をしている顧客のところに、金利の相談で訪問した時の事だ。借り入れ金の利息が高いので利率を少し下げてもらえないか、と言う電話が客から銀行にあった故の訪問であった。

教えられた住所地番を訪問すると、そこには『マッサージ・指圧治療院』の看板が立っていた。電話のあった客の名前を治療院の受け付けで告げると、治療院の院長が現れた。この時初めて、院長は、目が不自由だと言う事を知った。

そしてこの時、強い違和感も覚えた。

と、言うのは、今回の利下げ相談の前に本件借り入れに関する融資ファイルのどこにも院長の視力についての記載がなかったからだ。まるで院長の目が不自由な事について隠しているかのような印象を持ったのだ。

金銭消費貸借契約証書のコピーを見た。債務者本人と連帯保証人の筆跡がほとんど同一人が書いたと言って良いくらい酷似していた。

3年前に本件を取り上げた前任の先輩銀行員の顔が思い浮かんだ。その先輩銀行員はやり手であった。それは単に貸出額の量、つまりノルマの消化と言う点についてとても優秀な男だったと言う事だ。強引なやり方で融資量を拡大させた。

銀行融資を受けたいが適切な担保不動産(宅地や住宅など)がない人名義の狭い山林を過大評価して平地の農地として担保調書に記入していた事もある。また、進入路のない袋地を公道に面していると虚偽記載した事もある。

通常は、銀行が求める債務者の年収証明書は前年1年間のものだが、年収不足のものには偽造で対応したりしていたケースもあった。それでも後輩とっては親切に仕事を教えてくれた先輩ではあったのだが。

院長は告白した。前任の行員から、

「目が不自由な人は借り入れ出来ないからその事は伏せておきましょう。借り入れ書類には兄さんに保証人になってもらい、本人署名欄も兄さんに書いてもらいましょう。ただし、この事が銀行に知られたら、契約は無効になるので誰にも話さないように」

と言われたという。それを聞いて驚いた。そして筆者は、院長に次のように言った。

「例えば、目の不自由な人が電車に乗ってはいけないでしょうか? そんなことありませんよね。それと同じです。目が不自由だったとしても銀行借り入れはできます。署名代理人届けと言う紙に兄さんに書いていただけば良いんです。今からだってできます。そして金利の引き下げのご相談もお伺いします」

そして、筆者は院長に名刺を渡す時、両手で院長の手を包み込むように握った。

「今日から私が担当させていただきます。ご心配なく。」

院長の目がうるんでいるような気がした。

帰店後、先輩銀行員に電話を入れ、院長への融資取引を「正常な形」にすることを告げた。「いつも俺の尻ぬぐいをさせて済まないな」と先輩は言った。その時、先輩は銀行を中途退社して別の企業に再就職していた。

かつての後輩からの電話に感謝しつつ、銀行員時代にやったような無茶は今後決してやらないと筆者に誓った。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。