「A LIFE ~愛しき人~」の沖田はキムタク以外に演じられない!


赤坂慎吾[ライター]

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木村拓哉主演TBSドラマ『A LIFE~愛しき人~』の第6回(2月19日)を見た。

筆者は、テレビ業界のことは解らない。演技についても無知だ。けれど、一視聴者として、昨今のテレビの作り方に疑問を感じる。例えば最近よく見かけるテレビ局が番組放映開始の何日も前からさかんに行う「番宣(番組宣伝)」と言うものについても、さほど効果があるとは思えない。しかし、繰り返し放送されている。

一視聴者として言わせてもらうなら、あんなものは邪魔だ。

「老い先短い老人宅のテレビジョン受像機に余計なもんを垂れ流さないでくれ」と言いたいぐらいだ。また、一般のCMの合間に繰り返し繰り返し同じドラマのシーンを予告として流すのも感心しない。ストーリーも知らないのに駒切れシーン(ワン・カット)をこれでもかとばかりに反復させるのは、まるで拷問だ。

ドラマは面白ければ見るし、そうでなければ見ない。夫婦と同じで100回お見合いを重ねたところで興味のない相手と結婚しないのと同じだ。「きっかけになれば・・・」と制作者は思っているのかも知れないが、そんな金があったら役者やスタッフのギャランティを増やしてやれ、と余計なことさえ思う。

よって筆者は、『A LIFE~愛しき人~』についても、番宣や予告は、いつも通り一切見ていない。たまたま、第一話を見た。そうしたら面白くて病みつきになって、毎週楽しみに欠かさず見ている。

【参考】<A LIFE~愛しき人~>キムタクが叫ぶ堕落した医者達への警告

さて、本題の『A LIFE~愛しき人~』の第6回目だ。

沖田の役をもし、キムタク以外の役者がやったらどうだろう。ストーリーは同じでも回りの役者への影響は変わるに違いない。一般の会社の上司と部下の関係、職場の人間関係を考えてみれば分かり易いだろう。「あんな上司の元で働くのは嫌だ。」とか、逆に「彼がいるから、この会社で共に頑張りたい。」と言う具合に、企業もドラマ作りも理屈は一緒じゃないかと思う。

キムタクの熱量が回りの役者を燃えさせるのか? 脇を固めるアクターの思いが役者キムタクの闘争心に火をつけるのか? 解らない。

しかし、一視聴者として強く感じたのは第6話ではキムタクと竹内結子とのラスト・シークエンスだ。明らかにキムタクの演技が相手の演技者に飛び火した。

キムタクは吠える。

「絶対に救うから! それまで何処へも行かない。」

それに相手も応じる。

他の誰に、この演技ができるだろうか。沖田役をキムタク以外の他者が演じていたら、筆者はきっと見ていなかっただろう。役者キムタクには余人を持って代え難い魅力がある。それは素人で老人の筆者にもはっきりと分かる。

 

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メディアゴン 編集部

メディアゴン編集部(めでぃあごんへんしゅうぶ)2014年5月末日、東京生まれ。メディア批評・メディア評論に特化したメディア専門家によるメディアニュースサイト。キー局プロデューサー、ディレクター、イベントプロデューサー、放送作家、大学教授、評論家、ゲーム作家、弁護士・・・などなど、メディアの第一線で活躍する人材が活動中。