「覚えろ・従え」の学校教育が日本をダメにする -植草一秀


植草一秀[経済評論家]

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秋嶋亮氏(旧名響堂雪乃氏)が新著『北朝鮮のミサイルはなぜ日本に堕ちないのか』(白馬社)を出版された。
Q&A形式で記述されているために読みやすい。副題は「国民は両建構造(ヤラセ)に騙されている」である。

戦争ビジネスは敵と味方に武器と資金を提供することで成り立っている。戦争は単独では実行できない。必ず対立する複数の陣営が必要になる。戦争をビジネスとして捉えるとき、重要なことはこのビジネスを構築する者が、常に(人為的な)敵対関係を必要とすることである。

私は現代における戦争は、「必然」ではなく「必要」によって「創作」されていると指摘してきた。その「必要」とは、戦争産業の営利上な「必要」であり、政治勢力は国民の目を内政問題から逸らすために戦争を「必要」としているのである。

本書では全42項目の第40項目に「軍隊のサブシステムとしての学校」という記述がある。私は日本の最大の問題点のひとつが教育であると考えている。とりわけ、初等、中等教育のあり方が問題だ。

私は伊藤真弁護士との共著『泥沼ニッポンの再生』(ビジネス社)においても教育の問題を取り上げた。日本の教育が「覚えろ、従え」に偏重していることが問題であることを指摘した。本来の教育は「考える、発言する」の力を「引き出す」ことにあるはずだが、日本の教育では、生徒が「考えること、発言すること」を逆に封殺することに力が注がれている。

人とは違う自分の考え方を持ち、その考えを堂々と発表するような生徒は、日本の教育においては「問題児」とされる。上からの指示、命令に従い、自分の考えは持たず、したがって、自分の考えなどは決して表明しない生徒が「優等生」として高く評価されるのである。

秋嶋氏は著書の設問のなかで、

「日本の教育は文科省の役人が策定した「カリキュラム」であって本質的な学問ではない。もうはっきり「愚民化プログラム」と言っていいでしょう」

と指摘する。秋嶋氏はさらにこう述べる。

「運営が極めて兵営的ですよね。現に『放射能汚染が疑われる給食なんてたべたくない』なんていう口答えを絶対に許さない。そうやって『犠牲の分かち合い』を強制している。つまり戦時の軍国教育がそのまま今に生きている。それはすなわち服従と無思考を絶対とする教条です。国民はそれが身に染み付いているから、改憲にも全く抵抗しない。一部のインテリが事の重大性に気付いて騒いでいるだけですからね。」

「僕の学生時代、特に中学時代なんて収容所みたいなものでした。例えば拘束を少しでも違反すれば体罰を喰らうんですよ。」

前掲書『泥沼ニッポンの再生』の第9章「教育とメディア・リテラシー」で伊藤真氏は次の指摘を示している。

「富国強兵の下に均一的で画一的な公教育制度が敷かれてから、まだ100年ちょっとしか経っていない。戦後の教育は大いに反省をして、本来この国にあった多様性に満ちた教育に戻ればよかったと思う。けれども戦後の工業化社会を推し進めていくための教育という要請が産業界から強くきたこともあって、どうしても多様性に満ちた、そこへの配慮をした本来の教育に戻れなかった。」

「均一的な、画一的なところが重視されたものだから、結局、戦前の教育への反省が何もなされないまま、戦後に引き継がれてしまった。たとえばその典型例としては、軍国主義教育、軍事教練のスタイルをそのまま戦後も残してしまったことであろう。「前へならえ、右向け右」。運動会になれば、軍隊行進を強制するかたちで、教師の側もなんの疑問もなく、軍事教練によって導入された軍隊行進等々のスタイルをそのまま引き継いでしまったわけである。」

これが日本の教育の現状なのだ。

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植草一秀(うえくさ・かずひで) 1960年、東京生まれ。経済評論家(日本経済論、金融論、経済政策論)。東京大学卒業後、野村総合研究所、大蔵省財政金融研究所研究官、京都大学経済研究所助教授、野村総合研究所主席エコノミスト、早稲田大学大学院公共経営研究科教授、名古屋商科大学客員教授などを経て、現在、スリーネーションズリサーチ株式会社代表取締役社長。