「ラブユー貧乏」の印税がいまさら増えてきた謎

高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

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明石家さんまが「俺めったに笑わないけど、ほんとに笑う」と言ったのは何人トリオ(メンバー:村上ショージ、Mr.オクレ、前田政二の3人)が話す、貧乏ネタのことだった。

Mr.オクレは、1953年生まれだから、芸人としてはさんまの先輩だ。見た目がみすぼらしいというので、当初、名付けられたのは「難民トリオ」だったが、結局「何人トリオ」に変えた。コミックソング『ラブユー貧乏』(1987)で注目されるのは1980年後半だが、今でなくても、前名はテレビでは通らない。

『何人トリオの貧乏ネタ』を、『オレたちひょうきん族』(フジテレビ)で上手く取り上げられる構造を作れないか。それが、三宅ディレクターからの筆者たちへの相談だった。『ひょうきん族』であるからにはただのトークというのは絶対にありえない、結果、コントになっていることが最低条件である。

筆者の頭の中にはある一つの構造がたちまち思い浮かんだ。早稲田の落語研究会の持ちネタ『たそがれの銀座』である。早慶戦の前夜など、神宮球場外でへべれけに酔っ払う。こんな酔っぱらいいるのかしらんと人に思われるくらいに前後不覚になるほど酔っ払う。極度に達した頃に、幹事が『たそがれの銀座』と、声をかける。するとクラブ総勢30人くらいが、突然正気に立ち返り、できるだけ真面目に『たそがれの銀座』を歌う。

「ふたりだけのところを だれかにみられ(中略)あなたの愛が 目をさます」

ワンコーラスの終わり頃、『それ!』とあいの手が入って、エンディングのメチャクチャ踊り、

「銀座・・・銀座・・・」

ぱっと変わって全員直立不動で歌う。

「たそがれの銀座」

まあ、学生ノリの典型。自分たちだけおもしろいネタだ。これをテレビでできるようにアレンジする。バックコーラスに恐れ多くも本物の黒澤明とロス・プリモスをお招きする。ハミングの間に、何人トリオがネタを言う。さんまが絶妙な受けでまとめる。

[参考]日本に主役が張れる喜劇役者がいない危機

本番の収録でロス・プリモスの歌が変更になった。『たそがれの銀座』の曲調が明るすぎて貧乏感が出ないのであった。そこで曲は突然『ラブユー東京』に変わった。コーナータイトルは『ラブユー貧乏』。

筆者は詞を新たに書いて、クラウンレコードで、45回転盤の録音を行った。

『ラブユー貧乏』

「しらたきとネギと お豆腐 白菜

肉は はいってないわ 私の人生

お金だけが生き甲斐なの

忘れられない

ビンボー ビンボー 涙の貧乏」

 

「裸電球が切れてしまったの

古い虫歯もうずく私の三畳

明日からはお金なしで

生きてゆくのね

ビンボー ビンボー 涙の貧乏」

 

「靴下の穴の穴の気持ちが

何故か無理なくわかる私の涙

お馬鹿さんねお金だけを

信じた私ビンボー ビンボー

涙の貧乏 涙の貧乏」

週刊誌の取材が来た。記者に聞かれた。どうして『ラブユー貧乏』が流行るんだと思いますか。筆者は次のように答えた。

「今は、貧乏な人は殆どいなくなって、中流ばっかりだから、貧乏は悲しい現実ではなく,笑える思い出になったからなんじゃないでしょうか」

この当時はいわゆるバブル景気の真っ只中。日本の土地の値段でアメリカ全土が買える計算になるというような馬鹿な時代だ。で、筆者の元に『ラブユー貧乏』の印税がバンバン入ってきたかというと、ちっとも入ってこない。あまりに少ないため、翌年の印税と合算して支払われる措置となったこともある。

ところがである。

発売から34年もたった今、印税が徐々に上がってきたのだ。この現象は『格差』とかいう言葉がマスコミで盛んに喧伝されるようになって以来である。実は世の中はどんどん貧乏になっているのだ。1980年代から40年賭けて日本は貧乏になってきたのだ。テレビが貧困や格差のネタをバラエティ的に扱うと、BGMに『ラブユー貧乏』を使う。すると、印税が配分される。

昨年の『ラブユー貧乏』、夢の印税はなんと3万円!個人的には3万円は、嬉しいが嬉しくないので、それより格差のことを国民は真剣に考え始めなくてよいのだろうか。

 

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