<朝の散歩で見つけたゴミとゴミを拾う人>朝散歩していると落ちてるゴミを見ていろんなことを思う


水留木[エッセイスト]

 

朝の散歩していると落ちてるゴミを見ていろんなことを思う。

ある日の散歩、路上にあるゴミが気にかかりだした。最初は気がつかなかったが、気にし出すと大変だ。いろんなものが落ちている。

雨の翌朝は使える傘、落ちているのモノなのか忘れ物だかわからない。タクシーの領収書、使わないのなら貰わなければいいのに。ニ大派閥は、タバコの吸い殻とコンビニのごみ。

「ゴミ」と言えば最近。ゴミを拾う人お二人と偶然に知り合った。一人は松江のAさん83歳。年号が平成に変わった頃からずっと毎朝、宍道湖畔のゴミをボランティアで拾っている。「ゴミが元気をくれる」とおっしゃっている。

もう一人は磐城のBさん67歳。いわき市の娯楽施設の周辺でやはりゴミを拾っているそうだ。「ゴミはお金をくれる」「ゴミを拾うと財産が増える」と仰っている。Aさんが精神求道派だとしたら、Bさんは物質実利派だ。どちらも方もとても素敵だ。何か伝わってくるものがある。

最初は見えなかったゴミがよく見えるようになってくる、と。ゴミには許せるゴミと許せないゴミがあることがわかって来た。許せるものは、放っておいたらいずれ地球の土に戻るもの。許せないのはそれ以外のもの。

つまり、吸い殻だったらフィルターの所。コンビニのゴミだったらほとんどすべて。樹木から落ちた八つ手の大きな葉っぱや梅の実は最初はゴミに見えたが、地球の営みで落ちてるのは当たり前なんだからと思うと、ゴミに見えなくなった。景色に溶け込んだ。こんなものの物の見方ができるなんて、うれしくなった。

AさんやBさんの域に達するには、これからも、ゴミを拾っていかなければなるまい。ゴミの声が聞けるぐらいにならなければならないのだろう。還暦を前にしてまだ道遠しといった感じだ。

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(宍道湖の朝日、Aさんは毎日この朝日を見てゴミ拾いをしている。ボランティア仲間からはリーダーと呼ばれる。生まれも育ちも松江、生粋の松江っ子。向こうに見える山が仏様が寝ている姿に似ているところから阿部さんが命名した寝仏山)

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水留章

水留章(みずとめ・あきら)1954年神奈川県出身。大学時代に野沢協氏の薫陶を受け、偉大な知性の存在に圧倒される。TBS入社後、制作で居作昌果氏に指導受け、仕事の肝要を教わる。その後編成、営業、人事、スポーツを経験、現在 (株)ドリマックス・テレビジョン代表。趣味…クロール、宝物…Gibson J45