<新幹線50周年・東京五輪50周年に想う>「周年」というのは何のためにあるのか?


水留章[(株)ドリマックス・テレビジョン 代表取締役社長]

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「今年の10月は新幹線が満50歳になり、昭和39年の東京五輪から50周年だ」

50歳と言えば、普通の日本人は「人生も半分以上過ぎた、後同じだけは生きられない」と思う。その位50年は長い長い月日だ。10月1日前後は新幹線の話題、今週になり金曜日の東京五輪50周年に向けてマスコミは喧しい。

新幹線開業50周年。昭和39年10月1日に東海道新幹線は開通した。今や日本の大動脈になった新幹線も満50歳になったのだ。新幹線が贅沢だと思う人は少なくなっている。当時は東京から新大阪の間を4時間で結んだそうだが、今や2時間半を切るという勢いだ。

「高度成長」から「停滞・閉塞」、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」から「国際的孤立感」。そんな日本の50年の歩みを新幹線が体現しているようにメディアに登場する。新幹線肯定論も否定論も含めてこの50周年で思い出したい契機と言うことなのだろう。来年3月には記念コインまで発売されるそうだ。

東京五輪。昭和39年10月10日の「日本晴れ」は鮮烈に憶えているし、皆同じ様に記憶していると思う。しかしながら、東京オリンピックの開会式を祈念して制定されたはずの祝日「体育の日」が年によって日が変わる「移動祝祭日」になったのは残念だ。「10月10日」が「晴れの特異日(=高い確率で晴れになる日)」だと謂う都市伝説も生まれた位なのだから。開会式の日本選手団の真っ赤なブレザーが印象的だったと書こうとして、家のテレビが白黒だったのを想い出した。

「新幹線50歳」に比べると「東京五輪50周年」のメディアでの露出が少ない様な気もしていたが、10月6日の月曜の朝からは突然の大量露出。サザンオールスターズの「東京VICTORY」もよく耳にする。いずれ、昭和39年には「東京五輪」が、平成32年には「東京オリンピック」が開催された、など区別される日がくるかもしれない。

では、第二次世界大戦で中止になった「幻の東京オリンピック」はなんと呼ばれるだろう。  こんな事を考えていて、ふと気がついたことがある。「光陰矢の如し」「去る人日々に疎し」「人間は忘れられる動物だ」だから「周年」も「十三回忌」もあるんだと。  殊更その年をその事を寿いだり、リマインダーして欲しいので言いつのるものだと気付いた。現に都合の悪い「周年」は誰も言い出さない。

[メディアゴン主筆・高橋の余計なひとこと]テレビが良く、1000回記念とか何周年記念とかと銘打って特番をやるが、あれは、完全にテレビ局側の都合で打ち上げる花火にすぎない。この花火、一番大切にしなければならない視聴者にどんな得があるのか考えられていない、と思うことがよくある。スーパーの10周年なら安い卵が買えて得だが、テレビの特番はもともとタダだし、僕としては、いつものお客様のためにいつもの番組、というのが最高のおもてなしだと思うんですが、いかがでしょう。

 

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水留章

水留章(みずとめ・あきら)1954年神奈川県出身。大学時代に野沢協氏の薫陶を受け、偉大な知性の存在に圧倒される。TBS入社後、制作で居作昌果氏に指導受け、仕事の肝要を教わる。その後編成、営業、人事、スポーツを経験、現在 (株)ドリマックス・テレビジョン代表。趣味…クロール、宝物…Gibson J45