<ギターが売れないのは若者の貧困の象徴>ロックお金のかかる中流階級の趣味だった


水留章[(株)ドリマックス・テレビジョン 代表取締役社長]

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恥ずかしながら筆者は、宇都宮市がジャズ界のレジェンド・渡辺貞男氏を生み、「ジャズの街」と呼ばれている事を初めて知りました。 その宇都宮で「ギターが売れなくなっている」と先日、日経新聞が報じていました。

要するに、地方の物価が上がり実質賃金が減り、特にその影響を若者たちが蒙っていいる、ということらしい。シニア層は富裕なのに若者は貧乏というのが今の世の中のようです。

筆者がギターを初めて買って貰ったのは、中学一年生の冬1967年昭和43年の事。東京・銀座のYAMAHAで1万円のガットギターを購入しました。 陳列されている中では一番安いギターであったと記憶しています。今の物価に換算すれば、いくらになるのでしょう? 「高価な買い物」という印象はありましたが、買ってくれた父親も「清水の舞台から飛び降りる程の覚悟」ではなかったように記憶しています。それぐらいの価格であったわけです。

世代論は好きではありませんが、筆者の思春期は音楽が、特にロックが華やかりし時代で、新しい波が次々と押し寄せていました。ビートルズはライブをやめても傑作アルバムを出し続け、ラジオのヒットチャートは必聴。深夜放送に耳を傾けていました。40万人を集めた伝説のロックイベント「ウッドストック」(1969年)が開催され、サンフランシスコではヒッピーたちが沢山現れた時代です。

毎月、山のように発売されるLPは、今では「ロック名盤百選」に残るものばかりです。その頃、クラスの多くの男子はギターをなんとか買い、夢中になっていました。

しかし、先日の日経新聞を読んで、ふと気づきました。 音楽に夢中になり、あげくに友達とバンドの練習をするというのは非常にお金がかかる事なのである、と。ロック音楽は「反抗する若者」「社会の下の方から這い上がる手段としての音楽」というイメージに捕われていましたが、少し様相は違っていたのかもしれません。

ジョン・レノンはリバプールのを労働者階級の複雑な家庭の息子。でも、ビートルズを夢中になって聴いていた子供たち「は少しだけそれよりは裕福な家庭の子」ではなかっただろうか、と。もちろん、遠く離れた極東の地でも、その事情は同じことだったはずです。

「ロック、イコール貧乏。クラッシック、イコール裕福」の思い込みは間違いだったのではないか? とさえ思い始めています。むしろ、「ロック、イコール中流」なのではないか?

世の中に不満はあり、プロテストもしたいが、食べて行く事はなんとかできて、楽しく生きる事も少し考えたい! そんな状況にいる人たちが作り出し、享受した音楽状況ではなかったんだろうか、と。

宇都宮の記事を思い返すと、現在の日本は、若者にお金が流れ込まない社会構造のようです。昭和で消えたはずの貧乏がまた生まれているのです。しかも、SNSのように廉価(むしろ無料)で、たくさん時間を費やすことができれば、すべての世代に共通の愛唱歌が生まれないだけでなく、「 普通のヒット曲」が生まれないのも当たり前だとさえ思います。

【曲をコピーする】為には

・ギターを買う。ステレオを買う。レコードを買う。譜面の載った雑誌を買う。

【曲を選ぶ】為には

・ミュージックライフを買う。→音楽シーンの今を知り、買うべきレコードを選別する

【曲を録音する】為には

・カセットレコーダーを買う。

【バンドやる為には】

*エレキギターをお茶の水の質屋でアンプもセットで値引きしてもらい買う。

 裕福な友達にドラムセットを買わせる。ギターがあまり上手くないおボッチャマにベース買わせて転向させる。

 

ちょっと思い出すだけで、随分とお金を使っていたものです。もちろん、時間と場所も使いました。

今では粗悪品でよければ、1万円出せばエレキギターとアンプのセットまで売っています。 中学生のガールズバンドもそこから始めているのでしょう。 演奏している曲はディープパープルの模倣にしか思えない時もありますが。

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水留章

水留章(みずとめ・あきら)1954年神奈川県出身。大学時代に野沢協氏の薫陶を受け、偉大な知性の存在に圧倒される。TBS入社後、制作で居作昌果氏に指導受け、仕事の肝要を教わる。その後編成、営業、人事、スポーツを経験、現在 (株)ドリマックス・テレビジョン代表。趣味…クロール、宝物…Gibson J45