<日本の宅配便サービスの凄さ>宅配便という物流産業は今や「大きなメディア」のひとつ


水留章[(株)ドリマックス・テレビジョン 代表取締役社長]

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先日、見た宅配便に関する新聞記事によれば、大手宅配会社が宅配便に関して、もっとサービスの充実を考えているという。

「ラストワンマイル」という発想で、さらにきめ細やかなサービスを模索しているそうだ。ユーザーに届く直前、最後のサービスは「地元在住の主婦」の力をビジネスに持ち込むという発想をしているという。吃驚。

現状でも、配送時間の細かい指定や不在時にコンビニでの受け取りなど、痒い所に手が届くサービスになっている。筆者の地元では今でも一人のドライバーが顔見知りになり、マニュアル以上の事をしてくれている。

もう15年以上前のことだが、大手宅配便の幹部と話す事があった。彼の話す宅配便の未来は当時革新的であった。

「まずは電話。そして結局予想通りになったが、インターネットによる注文で欲しいものが発注当日手元に届く。もう、注文するのにお金は払わなくても良くなる」

これは現実になっている。

電話とネット以外にも奇抜だが「成る程」と言う方法もあったと思う。決済方法も様々に考えられていたようだが、結局クレジットカードが今では主流だ。当時「着払い」が主流になるのではでは? と筆者が言ったら、「着払いだけはダメです」と答えた事が印象的だった。

「デパートも商店街もいらなくなるでは? それでは人間の繋がりが希薄になり、いろいろ社会がギスギスしたりするのでは?」

との問いには、

「そうかも知れません。が、人の利便性に対する欲望、さらにはモノへの本質的な欲望を商売上追求すると、そういう形になるんです」

という深い答えが返ってきた。その瞬間、彼はただの宅配屋さんには見えなかった。人間心理の探求者に思えた。

今の生活はもはや宅配便がなければ考えられないほどの依存状態だ。少なくとも筆者はそうだ。昔は家にくるものと言えばハガキと手紙、そして大きな形になるものと言えば、季節柄のお中元とお歳暮、それだけで良かった。

ちょっと昔までは、一軒の家に届くものは、特別なお金持ちでない限り、一年で数えられる数だったはずだ。だから贈答品の綺麗な箱は家で何かに使い回した。

しかし、最近では、よく考えると家に届くのは、今や「モノ」だけではない。サービスも「宅配便的」になってきている。何か理由があって家から出られない人に対する食事配達など、単なる宅配便の仕事を超えていると思う。発注した人の意図以上のサービスが加わる。

肩が凝って仕方がない時は、「マッサージ師」を以前は電話して呼んで揉んでもらった。もちろん、自宅で電話帳を見ながらだ。しかし、今では、インターネットで検索して様々な条件を指定して送信すれば、 30分後には、どんな夜中でも、「マッサージする人」が白衣を着て玄関に立っているはずだ。

商品が輸出されて、その結果、その商品を購買・消費する文化が他の国に根付く話は、枚挙にいとまがない。筆者が子供の頃には、見た事も飲んだ事もなかったコカ・コーラの「根付き」から始まり、近年では、近来ではもはや日本中の街角の風景の一部になっているスターバックスのようなカフェまで、身近に沢山の輸入品と文化がある。

しかし、もし「日本の宅配便」が輸出され海外で根付いたとしたら、どうなるだろうか? 間違いなく世界の文化にも大きな影響を与えるだろう。(大手は既に始めているそうだ)それはユニクロやトヨタという「モノ」とは違った影響があるだろう。文化・習慣を世界に輸出して、世界標準すなわちグローバルスタンダードになるように思う。

日本人が特に好むには、言うまでもなくパンクチュアリティ(時間に正確な定時性)とスピードだ。 離れた所から注文したものが、二時間単位の指定時間に指定場所に届く。いずれ、美容院でカット、カラーリング、パーマなどをしている時間は勿論のこと、ちょっと長い散歩をしているうちに届くようになるかもしれない。

もちろん、日本の宅配サービスで、そこまで世界を画一化してしまうのはちょっと不安だが、「ネコさん(ヤマト運輸)」「飛脚さん(佐川急便)」「民営化さん(日本郵便)」・・・それぞれが「外」に目を向ける前に、更なる内のサービス向上を目指しているようだ。

蛇足だが、宅配便のドライバー兼配達人の個性溢れる笑顔は、マニュアル化されたハンバーガー屋の世界統一「スマイル」とは違う。古い言葉だが、彼らの顔にアルバイト的ではない「一家の大黒柱」の気概を感じるからだろう。

こうしたことを考え合わせると、宅配便という物流産業はいまや、「大きなメディアのひとつ」なのかもしれない。

 

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水留章

水留章(みずとめ・あきら)1954年神奈川県出身。大学時代に野沢協氏の薫陶を受け、偉大な知性の存在に圧倒される。TBS入社後、制作で居作昌果氏に指導受け、仕事の肝要を教わる。その後編成、営業、人事、スポーツを経験、現在 (株)ドリマックス・テレビジョン代表。趣味…クロール、宝物…Gibson J45