<あいだみつを生誕90周年>すべての作品が「自分の為に発した言葉」ということが多くの共感を呼ぶ


柴川淳一[郷土史家]

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「詩人・あいだみつを」生誕90周年ということで、有楽町の「あいだみつを美術館」に行って来た。

日本には、稀有な癒しの書道家・詩人として有名だが、本人の遺した言葉の中に意外に厳しく、潔いものが感じられる。これは、あいだみつを氏が大正13年生まれで、従軍し、終戦の年に21歳だったという事とあながち無関係では、あるまい。

まず、次の句を見ていただきたい。

「しあわせはいつも自分のこころがきめる。」

なんと優しい癒しの句ではないか。あいだみつを美術館の入館者の7~8割が女性らしいが、女性ファンの好きそうな句である。その次の句はこうである。

「そのとき、どう動く」

実に厳しい堂々とした句である。これだけでは伝わり難いのでないかと心配だが、「書」の方を見られた方は、同意していただけるに違いない。ご長男の相田一人氏によると、父上のこういう表現はまことに珍しいそうである。

ともあれ、この世代の男子は、「皇国の為に死ね」という教育を受けている。あいだみつを氏も例外ではない。この句は、あいだみつを氏が自身に対して有事の際の自分に対して、こうあるべきだという答えを決した上での「問いかけ」の形にした句だそうである。

相田一人氏によると、氏は、どうやら、金に不自由な暮らしを送った時期があるらしい。その時、あいだみつを宅の玄関には、次にような句が掲げられていたそうだ。

「かねが人生のすべてではないが有れば便利。無いと不便です。便利のほうがいいなあ。」

相田一人氏は、

「私はまだ子供であったが、当時、わが家を訪れた方はどんな気がしたであろう!? 父はどういう気持ちでこの句を玄関に掲げたのだろう。」

と言われている。その答えは上記の句の中にある。そして、あいだみつを氏は、このようにも語っている。

「にんげんだもの」

作品で語っている言葉は、すべて自分の為に発した言葉である。人の為に作った詩や句ではない。あいだみつを氏の詩と句は、そういった作為の外にある。それがために多くの人の共感を呼ぶのだろうと思う。秋の一日を美術館で過ごすのも一興ではないだろうか。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。