<SM愛好者は成人の2%>民主党・菊田真紀子氏の「口にするのも汚らわしい」発言は傲慢の現れ


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)]

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10月28日の衆議院本会議での民主党・菊田真紀子氏の発言が物議をかもしている。

宮沢洋一経済産業相の資金管理団体が、交際費として「SMバー」に政治資金を支出してことへの批判演説であるが、物議の中心は「SMバー」を「口にするのも汚らわしいところ」と表現したということにある。

一般的な「交際費」の感覚を超えている遊興的な飲食店での「会合」や「飲食」を、政治家(およびその事務所関係者)が政治資金から支出することは当然、批判の対象となろう。しかし、それと「SMバー」を「口にするのも汚らわしいところ」と言うことは話が別だ。

「宮沢大臣のイメージダウンを狙った印象操作」のための発言であると思われるが、マイナスの印象操作に政治利用された「SMバー」にとってはいい迷惑だ。

「口にするのも汚らわしいところ」発言は、「SMバーというビジネス」はもとより、風俗産業全体を貶めるだけでなく、「消費者・愛好者の人格」さえも蔑視の対象としていることが垣間見える。これは完全に「政治資金の間違った使い方」の議論とは異なる「問題」である。

そもそも、性に関わることは、それがどんなモノであれ、多かれ少なかれ個人的な嗜好性や「内に秘めた想い」がある。それが非合法なものでない限り、第三者から「あーだ、こーだ」と言われることはないし、そもそも最も触れられたくない部分であろう。

菊田真紀子氏には、「SMバーのどこが汚らわしいのですか?」と具体的なことを聞いてみたいぐらいだ。もし、それが、菊田真紀子氏の個人的な「主観」であったとすれば、国籍や出身地や職業による「偏見と差別」と同等のとんでもないことだ。

メディアが「政治家」「SMバー」「政治資金」という「組合わさると面白いトピック」で騒ぎ立てたり、面白おかしく批判することは、(褒められた話ではないが)やむを得ざることだろう。しかし、現職の政治家が、国会という場で公然と「合法的に営業しているSMバー」の存在を「汚い」と蔑む発言は次元が異なる。そういう発言を国会の場で現職議員がすることの方が、はるかに破廉恥なことではないだろうか。

オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学が2008年に実施した調査(サンプル数20000人)によれば、オーストラリアの成人の2%が「日頃からSM、支配趣味、服従タイプの性的ロールプレイに勤しんでいる」という結果が出たという。(『The Journal of Sexual Medicine』(2008年7月第5巻第7号)』

もちろん、これはオーストラリアの事例なので、そのまま日本に適応はできないが、決して無視できないデータだ(欧米よりも古来、性に関する娯楽への規制が揺るやかな日本であれば、その比率はむしろ上記調査よりも高いように思う)。日本国内のキリスト教徒(クリスチャン)の比率が1%未満と言われているので、成人人口の2%という値がいかに大きいかということが分かる。そう考えると、「SM愛好者」はもはや「マイノリティ」以上の無視できない存在になっている。

そもそも菊田真紀子議員は、小選挙区で落選し、比例代表で復活当選した議員である。幅広い支持層が必要であることを忘れていないだろうか? 自分の価値観や感覚だけで「無視できるマイノリティ」を判断しているのではないか。

こういった発言の裏にこそ、「政治家の傲慢さ」が現れているように思えてならない。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。