<ブローカー業の虚実>あの日、真面目で誠実なブローカー業を目撃した


柴川淳一[郷土史家]

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前回、エゲつないブローカービジネスについて書いた。資本も在庫もなく、仲介するだけで結構な手数料収入を得られるのがブローカービジネス。なかでも、最も金額の大きいものは、不動産仲介業だろう。

思い出すのは、筆者が現役の銀行員の時、老紳士が窓口に来て、「自分は不動産仲介業だが、土地取引の会場に銀行の応接室を拝借したい」と言う。こういうケースは「籠抜け詐偽」(関係のない建物を利用し、そこの関係者のように見せかけて相手を信用させ、金品を受け取ると相手を待たせておき、自分は建物の裏口などから逃げる手口の詐欺)の手口に利用されたりするので、尋ねてみた。

「不動産業は長く、されているのですか?」

「いいえ、私は、工業プラントの設計会社を定年退職後、若い時から、憧れていた不動産業の免許を取り、開業して一年目です。」

さすがに筆者は心配になった。海千山千の不動産業界で、いくらこの紳士が人生経験豊富だとしても、60歳過ぎて新人の不動産屋がきちんと営業していけるのか?と。

心配なので、土地取引の当日、筆者も同席させてもらった。しかし、すぐに筆者の懸念は吹き飛んだ。 買い手は70歳くらいの老婦人。そして売り手は50代の男性。

仲介業の紳士は、売り手・買い手の前で、

「本日は、御日柄も良く、ご両家の、土地御取引の運びとなりました。」

という挨拶をした。  こういう古式の挨拶は今では殆んど聞かない。次に、重要事項説明、契約書の交付を済ませると、控えていた司法書士に

「先生。所有権移転手続きの書類をお渡しします。」

と告げた。そして、現金、領収書の授受が終わった。その取引の仲介振りは、とても開業一年目と思えない手際の良さだった。  無事取引終了となり、そこにいた全員が明るい笑顔で退出していった。誠に爽やかな思いがした。

あれから、十年、拙宅に「お陰様で開業十年過ぎました」との挨拶状が届いた。

真面目で誠実なブローカー業である。あの紳士のことは忘れ難い。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。