<無能な管理職はいかにして処分されたか>若者に責任を押し付けるバンク・ハラスメント


柴川淳一[郷土史家]

***

A氏は某地方銀行の支店長で当時50歳だった。

「金融人たるものは仕事に対する準備と覚悟が必要だ」を座右のとして常に口にしていた。しかし、自身で言う程、本人はご立派ではなく、むしろ真逆の人だった。営業実力も事務能力もない。責任も取らず、人望もない。何であんな男を管理職にしたと詰問されたら、任命権者は「愚かでも尻尾を振る犬は可愛い」と答えたかもしれない。とにかくそういうような銀行マンだった。

そのA氏がある日の朝礼で、愚かな長口舌をした。要約すれば以下のようなものだ。

「部下B氏の過失により、当店一の看板取引先優良企業N社との取引が切れた。N社の要請に何の準備もせず、相手を立腹させた。責任は全てB氏にあり、処分を下すので覚悟をして欲しい。」

支店の誰もがB氏に落ち度のない事は知っていた。優良企業N社から短期運転資金の借入申込みを受けてB氏は即日、借入申請の書類一式を支店長に提出した。支店長がすぐ内容を精査検印後、本部審査に回し、翌日には融資実行となるはずだった。

ところが、支店長はこの稟議書類をすぐには見なかった。先送りにしていたのだ。理由は顧客接待に忙しかったからだ。禁止されている平日接待ゴルフや、昼間からアルコールの置いてある飲食店に入り浸っていたようだ。

銀行の財産とも言うべき永年の優良取引先N社と取引が切れましたで、ただで済むはずはない。古参の融資課長S氏は支店長に詰め寄った。

「誰が悪いと責任を擦り付ける前にやるべき事があります。今からB氏と一緒にN社に謝罪に行って来ます。」

越権行為は許さんと喚く支店長A氏を睨み付け、S課長は言った。

「越権だ、責任だ、言う前に客に侘びるんが筋ではないのか!?」

一時間後、S課長とB氏はN社のビルの最上階の会長室でブルーマウンテンのもてなしを受けていた。 N社の創業者会長は上機嫌で一人しゃべり捲った。

N社会長「B君心配するな。御行と我が社は昭和18年からの付き合いだ。取引中止なんかあり得へん。例え、支店長がボロでも、担当のB君、キミはよう頑張ってくれとる。番頭(取締役経理部長)からもキミのことはしょっちゅう聞いてるで!それよか、この男(S課長を指して)は、なんちゅう薄情もんじゃ!」

B氏「会長さんは当行のS課長をご存知なのですか?」

N社会長「おうよ。こいつが三流大学出て銀行に入った35年前からの付き合いだ!うちが潰れかけた時、いつもこの男が助けてくれた!それが30年振りに転勤で戻ってきたのに、挨拶にも寄らん。ああ、しかし、嬉しい。今夜は2人とも開けといてくれ。飯でも食べよう!」

こうしてN社との取引は、ことなきを得た。後日、支店長A氏は規律違反、経費横領、パワーハラスメント等々の行為を糾弾され、懲戒処分された。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。