<追悼・ジョニー大倉さん>マッシュルーム・カットの矢沢永吉をリーゼントにさせた男


柴川淳一[郷土史家]

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ジョニー大倉さんが逝った。62歳だった。

才能に満ちあふれていた。キャロルの時も、それ以降も、矢沢永吉さんとは、常に対極の位置に存在した。キャロルでデビューする時、ビートルズに心酔して、マッシュルーム・カットにしていた矢沢永吉さんに「それじゃあ、売れない!」  と言って『革ジャン・リーゼント・不良』の演出を薦めたのはジョニー大倉さんだったそうだ。

矢沢永吉さんとのコンビで作った『ファンキーモンキーベイビー』を初めとする数々の名曲は、以後のロックミュージシャンに多大な影響を与えている。今もライブハウスに行くとキャロルのコピーバンドが結構いる。

彼らに話しかけると、「親父が『キャロル』の音源持ってて…。」だとか、「当時の映像を見てファンになった。」とか、「リアルタイムで『キャロル』見たんですか?いいなあ。ジョニーってカッコ良かったですか?永ちゃんって凄かったですか?」等と尋ねられて、意味もなく誇らしい気になる。

大学時代、筆者に『キャロル』のレコードを聞かせてくれた友人が、

「今度デビューした新人で『キャロル』ってロックバンドなんだけど、かっこいいだろ。ギターの『ジョニー』ってハーフらしいぜ。全員暴走族上がりの不良だって言うしな!」

と、目を輝かせて説明してくれたのを懐かしく思い出す。

もう、四十年以上も前の事だ。  悲しくてやりきれない。ジョニー大倉さん、どうか安らかにお眠りください。  合掌。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。