<テレビの中心にプロレス中継があった頃>結婚が許されたのはジャイアント馬場が勝ったから


柴川淳一[郷土史家]

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筆者が生まれて初めてテレビで見たものは「力道山のプロレス」であった。

「あっ! 大人が喧嘩している!!」

と言うのがその時の印象である。当時の白黒テレビの画像は現代のテレビの画面とは比べものにならないくらい不鮮明で、それがかえって幸いしたのかもしれない。流血シーンを残酷だとは思わなかった。

テレビでプロレス中継が始まると必ず、傍らに祖父がいた。明治生まれの頑固で口うるさい祖父だったが、プロレスだけは仲良く観戦した。あの時代、テレビがなければ、祖父と一緒になって力道山の応援をする事は無かった。テレビのプロレス中継だけが、祖父との接点だった。

それからニ十年ほどして、婚姻の許可を得ようと妻の実家を訪問した。父親は無口で気難しい人だと聞いていた。居間に案内された時、父親はテレビでプロレス中継を見ていた。無言のまま、筆者に座るように指示した。画面は、ジャイアント馬場がハーリー・レイスに挑戦した「NWAヘビー級選手権」の試合を映していた。父親は筆者の方を見ずに試合に没頭したまま、質問した。

義父「プロレスは好きか?」

筆者「はい。」

義父「馬場は勝てるか?」

筆者「勝ちます。」

試合は2対1で馬場選手が勝った。実況のアナウンサーは歓喜のあまり、絶叫していた。

「馬場選手!快挙です!! 師匠の力道山もなし得なかった世界最高峰のNWAヘビー級王者となりました!」

やにわに父親が言った。

「今日は気持ちが良い。馬場が勝ったからな。結婚の事だけど、娘が良いと言うなら、かまわんぞ。」

あれから、35年が過ぎた。今も筆者の心に残るテレビのワンシーンである。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。