国家がまるががえでつくる「韓流ドラマ」に日本のドラマはどのように対抗すべきか?


貴島誠一郎[TBSテレビ制作局担当局長/ドラマプロデューサー]

 

2002年2月日韓共同制作ドラマ「フレンズ」は深田恭子とウォンビン(韓国ドラマ「秋の童話」で人気になった韓流四天王のひとり。後に兵役に従事)の主演で、日本での放送一週間後に韓国MBCで放送された。この一週間のズレはほぼ同時と評価されても良いだろう。

日韓共催W杯の前にテレビは何ができるのかを考え、3年前から韓国の各放送局と交渉を始めていた、その実りである。

韓国では、2002年2月15日・16日に放送され、両日とも22時 から24時の2時間、それぞれ19%台と15%台であった。当時で言えば大ヒットとはいえない視聴率だ。一方で、この放送に韓国では非難の声が殺到した。初めて日本語が半分を占めるドラマが韓国で放送されたからだ。

もともとこちら側が意中の放送局は、先日、報道介入で社長辞任が発表された国営放送のKBSであった。当時ドラマ局長の王さんは大河ドラマで視聴率60%を獲得した演出家で、日本のテレビドラマは裏で殆ど見ていた。山田太一さんのファンである。

韓国でも中山美穂と豊川悦司の映画「ラブレター」が大ヒットしていたにもかかわらず、テレビでの日本語は憚られていた。「愛していると言ってくれ(豊川悦司・常盤貴子)」も見ていた王局長は共同制作に積極的であったが、上層部によって断念させられた。 制作者同志に国境はない。自分の父親の年齢に近い王局長とは何度も掌を握りあい、意中のパートナーと共同制作できなかった無念を惜しんだ。

結局、韓国MBCと組んで始まった撮影の開始は2001年9月。ところが、 日本時間12日の夜に土井監督から電話があった。

「貴島さん、テレビを見て下さい。韓国語で詳しくわからないのですが、ニューヨークが大変なことになっています。20日のロスのクランクインは大丈夫でしょうか?」

結果的にロケ地を香港に変更し、1ヶ月遅れで「フレンズ」はクランクインした。

韓国はロケに全面協力してくれ(日本とは、ここが異なる)、ウォンビンの軍の入隊シーンや海兵隊の戦車訓練シーンもエキストラではなく本物が実弾(!)で2日間協力してくれた。

前後編5時間にわたる初の共同制作ドラマは日本で編集作業をして完成し、日本の放送日時も決定したが、韓国文化放送からは明確な放送日が発表されないまま、ソウルでの制作発表が行われた。

ソウルでの制作発表は放送塔(ソウルタワー)のある、大韓民国ソウル特別市龍山区の南山公園で、オープンエアでおこなわれた。雨が降ったらどうすんだ!と怒鳴ったら、この時期のソウルでは雨は降らないと軽くいなされた。

深田恭子は韓国語で挨拶をし、日韓マスコミから賞賛された。日本でのプロモーションでペ・ヨンジュンが、日本語で挨拶する手法と同じである。

制作発表に先だって韓国文化放送最上階の理事室(社長室)を訪ねると、そこにMBCプロダクション理事だった金さんがいらっしゃって厚く握手をしてくれた。前社長に子会社に飛ばされた編成局長・金さんが、政権が変わったために理事に返り咲いたのだそうだ。 韓国では当たり前のことらしい。日韓の社会構造の違いを認識した初めての瞬間だった。

韓国文化放送の金理事は漢江を見下ろす高層ビル最上階の中国レストランで、必ず放送するから放送日時は任してくれと再び厚く握手をしてくれた。最高級の中華レストランは日本のほうが余程美味しいのはご愛敬だった。

韓国の連ドラは月火とか水木とか土日とか週2回放送で、最低2ヶ月の16本が基本で、単発ドラマはない。「チャングムの誓い」のような人気大河ドラマは視聴率が良ければ何本でも際限なく続く。

日本で人気のチャングンソク主演ドラマは16本だから、韓国ではあまり人気がなかったのだろう。「冬のソナタ」も24本? 日本と韓国の連ドラの放送形態の違いがあるし、W杯共催の前とはいえ竹島問題も勃発した微妙な時期だったので、返り咲いた金理事も確約できなかったのだろう。

史上初の日韓合作ドラマ「フレンズ」は両国とも大した視聴率を取ることなく、ゴールデンタイムに日本語が半分流れたという激しい非難をかわすために韓国の日韓友好協会理事長が確信的に辞任した。が、その後しばらくして復帰した。そのへんが日本人に分からない韓国の不思議なところだ。

日本での放送前に、自民党の江藤隆美元運輸大臣に永田町の師水会会長室に呼び出され、「日本は韓国に良いことも沢山したことを君は知ってドラマを作っているのか?」と聞かれ、「W杯共催するのだから、成田と仁川ではなく羽田と金浦に直行便があれば、日韓の恋人は長い時間デートできるのにね、というドラマです」と説明すると「ふ~ん」と言って無罪放免となった。眉毛が印象的な九州男児であった。

放送から2年後「フレンズ」のDVDが爆発的に売れることになった。「冬のソナタ」が大ヒットして韓流ドラマブームが訪れたからである。

ところで、ここから本論です!

「フレンズ」の共同制作をして知ったのだが、韓国の電通にあたるのは韓国広告公社であり、テレビCMなども一括で管理している(と聞いたが…)。日本のNHKにあたる韓国KBSもCMがあるが、日本のように提供や中CMはない。アメリカに近いネットスポットである。故に、広告主の内容制限はない。

韓国は国内マーケットが小さいのでSAMSUNGや現代が海外に活路を積極的にマーケットを求めたように、韓流ドラマは韓国見本市のようなコンテンツとして、まず日本にマーケットを求め、アジアを席巻した。最初は手数料くらいの番販価格で、俳優や歌手の積極的な海外プロモーションを行い、人気が出ると徐々に価格を吊り上げた。初期の価格差を補填したのは韓国広告公社かなのか?いずれにしとも国が赤字を補填してアジアのコンテンツ流通を図った。

日本のドラマがアジアで売れない理由のひとつに価格が高い事があると言われてきたが、今や韓流ドラマのほうが価格が高く、また飽きられ売れなくなってきているようだ。韓流ドラマは音楽やファッション、SAMSUNGや現代自動車まで、韓国の産業見本市の尖兵としての国策ドラマだった。

最近、日本もクールジャバンの一環としてコンテンツビジネスを推進しているが、民間ベースの強い国柄だけに足並みが揃わない。アジアの交渉相手から、日本人はなかなか決めない、会社に「持ち帰ってから決めます」と時間稼ぎをすると批判を受けている。ただ、クールジャバンは2020年の東京オリンピックで結実すると思う。いい意味で内弁慶の強さは半端ない。

韓流ドラマは何故、日本のおば様から若い女性たちを魅了したのか?何故、アジアまでを席巻したのか? まず、韓国には兵役がある。兵役の前後で結婚を決めたり破局がある、恋愛事情に、カラダ鍛えて礼儀正しくレディファースト。YES・NOがはっきりして感情表現が激しい。

日韓の感情表現の違い。例えば、好きな女性が浜辺で海を見つめている。日本人の男はその背中をじっと見つめ心に呟くのが日本のドラマ表現だが、韓流ドラマでは彼女の隣に座り顔を覗きこんで、愛していると言葉にする。日本人の奥ゆかしい感情表現は分かりにくい。韓国文化はストレートである。

アジアの人たちから、韓流ドラマはテンポが良いが日本のドラマはテンポが悪いと言う。豊かで曖昧な感情表現がそう映り分かりにくいのである。  あとはローカライズ。セブンイレブンのおでんの出汁は10種類以上もあり、自動車だって北海道仕様と沖縄仕様がある。韓流ドラマは日本にローカライズしたコンテンツビジネス展開をしてきた。車や家電、日本のメーカーはマーケットに対してローカライズしている。つまり、日本のコンテンツもローカライズしないとアジア展開は難しい。

ただ、講談社の「巨人の星」はインドにローカライズし過ぎて野球をクリケットにして訳が分からなくなった。アニメやコミックは実写じゃない分、国籍が分からないのが海外で支持される理由である。

結論。

コストの高い日本のドラマを海外流通させるには、国がコスト差を埋めるか、フォーマット販売に徹すること。自国のキャストのほうが親しめるし、昔のように日本人がアメリカに憧れている訳ではないし、アジアだって東京ラブストーリーに憧れた時代とは違う。

各国の細かいニーズに対応できるローカライズができないのであれば諦めたほうがいいし、諦めたくないなら、より普遍的なドラマを意識的に制作すべきだ。「JIN仁」はコミック原作ではあるが、医療とタイムスリップという普遍的なプロットである。世界80ヶ国に売れたコンテンツである。

 

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貴島誠一郎

貴島誠一郎(きじま・せいいちろう ) TBSテレビ制作局担当局長、ドラマプロデューサー 山一證券を経てTBSに入社、現職。1957年、鹿児島県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。貴島がプロデュースしたテレビドラマは、山口智子、常盤貴子、松嶋菜々子、矢田亜希子ら、多くの女優の出世作となっている。『ずっとあなたが好きだった』(1992年)『ダブル・キッチン』(1993年)、『スウィート・ホーム』(1994年)、『愛していると言ってくれ』(1995年)『官僚たちの夏』(2009年)、『LEADERS リーダーズ』(2014年)など多数。