<地方テレビ局の生き残り策?>あまりにも頑固な「神戸おっ!サンテレビ」ことサンテレビの美学


柴川淳一[郷土史家]

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メガネとヒゲの「おっさん」のキャラクターと「おっ!サンテレビ」というキャッチコピーを持つ関西のローカルテレビ局「サンテレビ」。正式には「神戸サンテレビジョン」と言うらしい。

この局はある意味、ローカルテレビらしいテレビ局であると言える。「オッサン」と言う愛称は「神戸ジョーク」であり、深く考えたり、細かい部分にこだわる必要はないのだろう。

一般的に言って、「神戸」に関するイメージは、大震災の前後で頑固なまでに、変化がない、と言えるだろう。良い意味で、ブレがないと言うか、神戸の人たちの自分たちのステイタスに対する執着、誇りすら感じる。それは、復興都市計画事業にも顕著に表現されている。

神戸市の復興時のモデル都市は、頑固な迄に震災前の「神戸市」であったからだ。

さて、そんな神戸の街と市民に愛されているテレビ局が「神戸サンテレビジョン」である。こちらもなかなか頑固である。このサンテレビが40年以上前、ほとんど開局の頃から続けている番組がある。それは「野球放送」である。

「野球放送」といってもただの野球中継ではない。阪神タイガースの試合中継を試合終了まで完全中継するのだ。それも、年間全試合である。テレビ局もスポンサーも視聴者も好き嫌いだけで番組が成立しているのだ。阪神の全試合完全中継である。採算や効率は度外視しているに違いない。サンテレビにとっては、阪神タイガース中継は、ニュース放送に優先するのだろう。実に頑固だ。

今一つは、「競馬中継」である。近くでは阪神競馬場が有名だが、放送は国内全部を網羅する。こちらも頑固さを感じる。

ところで、その頑固なサンテレビであるが、1995年1月17日の「阪神淡路大震災」の時は、1週間、スポンサー無しで震災関連報道をぶっ続け放送した。その事を言われたら、サンテレの人たちは、

「他に何がやれるっちゅうねん!?」

と言うに違いない。

異人館、港街、六甲山系、おしゃれな街、、、、しかし、そこには、野武士のように逞しいローカルテレビ局「神戸おっ!サンテレビ」の人たちがいた。

地方局の生き残り策、ここにありかも。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。