<忌野清志郎の命日5月2日の翌日 に放送されたドラマ>清志郎にあこがれた高校生が清志郎のふりをする素晴らしき「虚構の青春」


水戸重之[弁護士/吉本興業(株)監査役/湘南ベルマーレ取締役]

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忌野清志郎が亡くなってから6年が経ってしまった。

忌野清志郎の命日翌日の5月3日(日)に、NHK・BSプレミアムで「忌野清志郎『トランジスタ・ラジオ』」が放送された。

<清志郎にあこがれた高校の後輩が、清志郎のふりをするドラマ>という予告を見て、「そんなドラマ、成立するのかな?」と最初は疑問に思った。けれど、録画を繰り返し見るうち、一見荒唐無稽に見える設定ながら、上手い脚本だなぁと思った。

脚本の戸田幸宏は、NHKエンタープライズのディレクターであり、「第12回テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞」の2012年受賞者である。

授賞式でのスピーチで、太宰治と松本清張を引合いにだし、

「太宰は38歳で亡くなったが同い年の松本はその3年後に41歳で作家デビューした。自分は、宮藤官九郎さんと41歳で同い年。面識はないが同じ大学でもある。そんなことを考えたりしながら、まだ間に合うというつもりで頑張りたい」

と話したという。

1969年、日野高校に入学した坂口雅彦(渡辺大知)は、テレビで見た「RCサクセション」というバンドに衝撃を受け、ボーカルの忌野清志郎が同じ高校の3年生だと知る。

ある日、屋上にいた隣のお嬢さま高校の永嶋美智代(中条あやみ)に、「清志郎」と間違えられた雅彦は、とっさに「清志郎」のふりをしてしまい、清志郎として美智代と屋上でのつきあいを始める。

やがて雅彦は、自分と同じく、音楽と油絵と自由を愛した清志郎について、美術教師・小林晴雄(田辺誠一)を通じて、少しずつ知るようになる。

小林先生は日野高校で実際に清志郎を教えた先生で、RCサクセションの初期のヒット曲、「ぼくの好きな先生」(1972)のモデルにもなっている。

♪煙草を吸いながら 劣等生のこのぼくに

♪素敵な話をしてくれる ちっとも先生らしくない

♪ぼくの好きな先生 ぼくの好きなおじさん

教師に向かって、しゃがれた声で「ぼくの好きなおじさん」と言い放ってしまう「RCサクセション」というバンドに、中学生だった筆者は衝撃を受けた。

その小林先生が雅彦に言う。

「私は君の絵が好きなんだ。好きなことを続けなさい」

「僕には何の才能もありません」

と、雅彦は、うめくようにいう。

「あがいてみたところで、しょせん、たいくつな人生が待っているだけですよ」

すると、小林先生がかみしめるように静かにいう。

「それは、君次第だ」

小林先生は雅彦に、自分は画家になれなかったけれど、生徒たちを教えるという喜びを得た、と言う。

雅彦は、清志郎のふりを続けることに耐え切れず、美智代に別れを告げる。そして雅彦がニセモノの清志郎であることをとっくに知っていて黙っていたことを責める。

「知っていたわ、でも楽しかったから」

と泣きながら走り去る美智代。

その後、美智代が落としていった生徒手帳を届けに家を訪ねた雅彦に、美智代が「お嬢さん高校の生徒だ」と言っていたのはウソで、実は早くに両親を亡くし、祖父との家計を助けるために昼は働き夜は夜学に通っている、と告げる。

「これでも一家の大黒柱なのよ」

と寂しい強がりをいう美智代。自分も偽りの姿で日野高校の屋上に現れ、気持ちはホンモノの交際を、雅彦と続けていたのだった。

自分が何者かもわからず、まだ何者にもなっていない十代は、それでもあこがれの誰かを気取るか、いつかはあこがれの何かになってやると夢を語るしかないのだろう。そして、その恋人は、それに騙されてあげるか、いつかは何者かになることを信じるのだ。

暗闇の中で美智代を抱きしめる雅彦に、「仕事に遅れちゃう」と言いながらも、ためらいがちに雅彦の背中に腕を回す美智代。

ままごとのような虚構の上の青春に、清志郎が無言で「愛し合ってるかい?」と優しい眼差しを向けているようだった。

清志郎は雅彦と言葉を交わすこともないまま卒業していくが、小林先生を通じて、雅彦にトランジスタ・ラジオを残していった。学校の屋上で、清志郎に無断で雅彦と美智代が聞いていたラジオだ。裏には「もう一人の忌野清志郎へ」と書かれていた。

自分になりすました雅彦を非難するでもなく、「バカやってんじゃねぇーよ」と言って人懐っこい笑顔を見せる姿が目に浮かぶようだ。

時は流れ、母校の美術教師となり定年も近づいてきた雅彦(リリー・フランキー)の横には妻となった美智代(原田美枝子)がいた。家でギターを弾く雅彦に美智代が聞く。

「ねえ、あなたの望んだような人生だった?」

「君に会えたおかげでね」

「そういうこと言えるんだ」

と、ほほ笑む美智代。

「本心なんだ」

と、にこりともせずに言う雅彦。

「だったら、感謝しないとね。あの人に」

そんな会話の直後、雅彦と美智代は、清志郎の訃報をラジオで聞くのだった。

エンディングで清志郎の雄姿とともに流れる「トランジスタ・ラジオ」の中にでてくる「ベイエリアから、リバプールから、このアンテナがキャッチしたナンバー・・・君の知らないヒット曲」という歌詞は、もちろんマージ―川河口の町リバプール出身のビートルズ・サウンドのことだろう。

ドラマの中でも、ビートルズの曲について、「人生は短い」のフレーズを歌ったのはポールだと言う雅彦に、美智代が「私はジョンだという説よ」と返すと、「ポールだよ。ジョンはコーラスだ」と微笑ましい言い合いのシーンがでてくる。”We Can Work It Out”(邦題「恋を抱きしめよう」)の中の”Life is very short”のフレーズのことだ。

「人生は短い。」

それはそうなのだけれども、先に生まれた誰かが教えてくれた何かを次の誰かにつなぐことはできるよ、それは素敵なことなんだ。そんな声が聞こえてきそうなドラマだった。

 

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水戸重之

水戸重之(みと・しげゆき)弁護士として、映画、音楽、放送、芸能界、スポーツ関連の仕事を25年にわたって続けている。吉本興業(株)監査役、湘南ベルマーレ取締役。早稲田、慶応、筑波の各大学で教壇に立つ。日本人メジャーリーガーの日本側代理人を務める(石井一久、高津臣吾、齋籐隆、福留康介、黒田博樹、川上憲伸、青木宣親、田澤純一他)