金融監督庁対地方銀行支店長の攻防


柴川淳一[郷土史家]

 

金融監督庁が金融機関の資産を査定するに当たり、基準として、債務者区分と言うものを設けている。正常先、要注意先、破綻懸念先、実質破綻先、破綻先の5分類である。

要注意先以下を不良債権と呼ぶ。程度に応じて貸倒引当金の積増しを法で義務ずけられる。これは金融機関の利益圧迫要因となるため、各金融機関とも金融監督庁検査時に於ける資産査定時には、膨大な資料と周到な想定問答を用意して備える。

地方銀行の海辺の小さな支店。金融監督庁検査の時の事実である。

指定時刻に本店会議室で支店長は金融監督庁検査官と相対した。時刻は1時。検査半ばで、ある老舗旅館が検査官の目に止まった。赤字企業だった。検査官は老舗旅館について、しつこく、意地悪く、あらゆる角度から、業績に関する質問をした。

支店長はそのひとつひとつの質問に対して根拠をあげて丁寧に回答した。検査官はなんとしても、不良債権に分類したいらしく、長い攻防が続いた。やがて時計は3時を指した。

「こんな時刻か?一服しましょう。煙草を吸われるならどうぞ。」

こう勧められ真に受ける支店長はいない。検査官がそうしても、水の一杯だって飲むものか!絶対分類させまいと気負う支店長は、備え付けのコーヒーカップにコーヒーを満たし検査官に勧めた。自らは飲まないのだ。

休憩中も支店長の頭の中はいかにして不良債権への分類を回避するかで一杯だった。休憩が終わり、検査官が言った。

「解りました。極めて正常先に近い要注意先と言う事で分類しましょう。」

形はどうであれ、分類されれば敗北である。支店長は引き下がらなかった。

「当社は同族経営ではありますが、代表者人格は高潔でその資産背景は大であり……。」

検査官はため息を漏らした。

「人格と当社の財務状態は、何の関係もない!個人資産で業績が持ち直すなら、なぜ前期にそれをしなかった?」

長いやりとりの末、検査官の決定は揺るがなかった。時計は5時を指した。敗北感を背負い帰り仕度をする支店長に検査官が声を掛けた。

「支店長さん。有り難うございました。最後に査定をした旅館は私の遠縁に当たります。立場上、検査に私心は挟めない。私が担当する事さえ、許されることではないかも知れない。だから、分類は逃れられない。だが、支店長さん。あなたが誠心誠意、あの企業の為に努力くださっている事がわかった。心から、感謝します。」

金融監督庁検査官は、支店長に向かって深々とお辞儀をした。

 

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柴川淳一

柴川淳一。郷土史家。1954年香川県生まれ。明治大学卒業後、地方銀行に37年間奉職。