<メディアゴン宣言>巻頭言に代えて


メディア『見巧者』の集まるところになりたい

昭和初期、東京各地にあった大衆芸能の拠点『寄席』には、かならず『見巧者』と呼ばれる人がいた。

『見巧者』たちは、名のある噺家でも、出来が悪いと、途中でもプイと帰ったり、芽が出そうな若い噺家が、未熟な芸を披露していると、高座に厳しい視線を送りながら、 最後まで『うんうん』とうなずきながら噺を聞き続けた。

『見巧者』は客である。時に、近所の酒屋の親父であったり、八百屋のご隠居のおばあさんだったりした。 いわば市井の人である。市井の客が、噺家を育てたのである。

翻って今、日本のメディアを見ると、放送、新聞、出版、映画、演劇、音楽、ネット、百花繚乱ではあるが、そこには劣化の罠が忍び寄っているといわざるを得ないと考える。 この劣化の責は、送り出すものだけにあるのではなく、受け取る側にもある。

メディア『見巧者』の不在である。

私たち『メディアゴン』は、メディアの『見巧者』の集まるところでありたい。 そして、メディアを育てる八百屋の隠居でありたい。

 

(文責・高橋秀樹)

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