楽しむために前提知識が必要なNHK「くたばれ坊ちゃん」は成功?それとも失敗?
河内まりえ[ライター]
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6月22日放送のドラマ「くたばれ坊ちゃん」(NHK・BSプレミアム)は、「愛媛発地域ドラマ」と称して、松山を舞台としたドラマである。
まずは、番組ホームページから「あらすじ」を以下に引用する。
「10年ぶりに生まれ故郷・松山へと戻ってきた矢崎純平(27)。小説「坊っちゃん」の中で坊っちゃんに成敗された赤シャツの孫として、幼いころから白い目で見られ続けたこの街を恨んでいた。そんな純平に、道後へと向かう路面電車の中で因縁をつけてきた一人の老人…。もしかして、彼はかつて松山で縦横無尽に暴れた“坊っちゃん”なのか!?宿命を感じずにはいられない純平は、老人の横暴な態度に怒りを募らせていく。その頃、松山のシンボルである道後温泉本館は、改築から120年がたち、修復工事を控えていた。それをきっかけとした町おこしの大きな渦へと巻き込まれていく、純平と“坊っちゃん”。はたして宿命の二人の行く末は…?」(番組HPより)
冒頭、松山に返ってきた主人公・矢崎純平(勝地涼)が路面電車での移動中、老人(山崎努)と出会うシーン。ここで観光客向けの「坊ちゃん列車」を出さないところに、地味な点だが思わず感心した。
【参考】ドラマ「ゆとりですがなにか」に感じるリアリティに欠ける違和感
「坊ちゃん列車」は、夏目漱石の小説「坊ちゃん」に出てくる電車をモチーフにしている観光客向けの乗り物。普通の路面電車より運賃も高いし、本数も少ない。当然、地元の人はまず利用しない。さすが松山で作られた「愛媛発地域ドラマ」ということだけはあり、よくわかっている。
このドラマは、坊ちゃんが成敗した「赤シャツ」や「野だいこ」たちがどうなったか、に焦点を当て、現代に生きる赤シャツの孫である純平を主人公として描いている。
純平が「赤シャツ」の孫だったせいでいじめられた過去を、謎の老人や松山の人々との関わりの中で昇華させていく物語。思いもよらぬ設定に思わず引き込まれてしまう。物語の最後で、坊ちゃんの亡霊の老人が去っていくシーンでは、筆者はちょっと泣きそうになってしまった。
ただ、このドラマには難点もある。
それは、小説「坊ちゃん」を読んだことがなければ、全く感情移入できないドラマであるということだ。最初に、「坊ちゃん」の解説が入るものの、この解説だけでは「坊ちゃん」の筋がなんとなくわかる程度だ。「坊ちゃん」をまったく知らない人が見ても、よくわからないドラマなのだ。
楽しむために、ある程度の前提知識が要求されるという点では、普通のテレビ番組であれば失敗だ。しかしながら、小説「坊ちゃん」に興味も知識もない人は、そもそもこのドラマは見ないだろう。そういう意味では、前提知識の有無と番組の成否は無関係なのかもしれない。
筆者のように、「坊ちゃん」のその後を想像して感情移入し、松山に思いをはせることができるような人であれば、本作は十分に成功だと思える。「坊ちゃん」が好きな人にとっては、松山に行って街を歩いてみたいと思える。そんなドラマだ。
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