高橋維新の「2021年M-1グランプリ」全感想
高橋 維新[コラムニスト]
***
2021年のM-1グランプリであります。
1.モグライダー
私にはムチャクチャおもしろかったです。M-1のネタでこんなに笑ったのは笑い飯の「奈良歴史民俗博物館」のネタ以来じゃないでしょうか。トップでこのクオリティだったので審査員泣かせだなあと思いました。
言いたいことは大体審査員が言ってしまったのですが、一応まとめておきます。
ネタの題材は「さそり座の女」というこれまで散々こすられてきたであろうものだったので、どう切り込んでくるかが最初不安になったのですが、見事に新たな切り口を提示してくれました。その切り口も絶妙にどうでもいいので非常にお笑い向きなのです。2人とも演技もちゃんとできていますし、ともしげの風貌もすごくボケっぽいですし、芝の立ち姿もすごくツッコミっぽくて、コンビのバランスもいいのです。
ともしげの滑舌が少し不安になる瞬間もありましたが、致命的なレベルではありませんでした。むしろ滑舌の少々の覚束なさはボケキャラ要素の一部として強みになっていると思います。とはいえ、ともしげが星座を連呼するクダリが少々聞き取りづらく、双子座を2回聞いてしまったというボケの理解に支障が生じていました。そのせいでそこに対するツッコミも少々上滑っており、ネタが中弛みしてしまっていました。強いて言えばそこが改善点です。
巨人の言っていたように、ともしげはジミーちゃんみたいにどんどん追い詰めてみたいです。
2.ランジャタイ
何度かこのコンビのネタは見たことがありますが、普段はもっと(私の定義で言うところの)シュールなネタをやっている印象がありました。私の定義するシュールとは、ツッコミがない、あるいはあっても弱い状態を指します。コンビで漫才をやる場合、2人ともツッコミをあんまりやらないネタが私の定義するシュールです。
そのうえ、ボケの内容もとてもサイコなのがランジャタイの特徴だと私は思っています。今回のネタでも、ボケの国崎はずっと訳が分からない動きをしていました。そのため時折見ている側の脳が理解を拒み、置いてけぼりにされそうになるのですが、それも狙ってやっていることだと思います。
ところが今回のランジャタイは、ボケ役の国崎が奇天烈な動きを続けている間、向かって左の伊藤が一つ一つのボケにきちんとツッコミを入れていました。それに加えて、「ダブル将棋ロボ」みたいなオーソドックスな伏線も入れてきていたので、M-1向けに大衆ウケに寄せた印象を受けました。ずっと動き回っている相方に隣でツッコミを入れ続ける構図が、ちょうど去年優勝したマヂカルラブリーのネタに似ていたのは、非常に象徴的です。
2人の狙いがどこにあるかは知りませんが、純度の高いランジャタイを出して爪痕を残す(そしてオードリーやメイプル超合金のように優勝を逃してもブレイクする)ことよりも、優勝を狙ったんだろうなという印象を私は受けました。私としては、あんまりその狙いは奏功していなかったと思います。なんか、中途半端になってしまっていました。
ランジャタイがあのキャラのまま売れるとしたらくっきー!やザコシのような枠を狙うことになるんでしょう。敗退決定時に出していた手作りのオール巨人パネルも、とてもくっきー的でした。そのあたりに食い込んでいくとすれば国崎に見た目の華がもう少し欲しいところです。
3.ゆにばーす
M-1決勝は2018年以来3年ぶりです。
私はこの間にゴッドタン等々で素の川瀬を知ってしまったので、ずっと違和感が拭えませんでした。M-1モンスターとでも言うべき素の川瀬はおもしろいのですが、今回のネタはそのキャラとは関係ないしゃべくり漫才でした。また2018年の漫才とは異なって、はらの変なキャラもだいぶ抑え目になっていました。
川瀬が素のキャラと関係ないことをやっているので、台本が透けて見えてしまいました。そのせいで、私は大分冷めました。素を塗り込めるほどの演技力はなかったということです。どうにかするとなると、もっと演技力を上げるか、素のキャラをベースにすればできる台本を書くかのどちらかしかありません。
まあ、他の芸人に対してとても口が悪いのも川瀬の特徴なので、優勝できないままでいてくれた方がおもしろいとは思います。
4.ハライチ(敗者復活組)
今までハライチのネタは何本も見てきていますが、過去のものとは全然違うやつでした。岩井の演技力がどんどん上がっているのが分かって非常に微笑ましかったです。ずっとボケの種類が「岩井がムチャクチャキレる」というもので変わらなかったので、そのせいでウケがイマイチだったんじゃないでしょうかね。もう2人とも売れていますから、やりたいことができたのであればそれでいいと思います。
富澤も言っていましたが、澤部はともしげみたいに何も知らせていない状態で追い詰めたいです。決まった台本を読ませれば足りるタマではありません。
5.真空ジェシカ
ネタのフォーマットが似ているコンビは、霜降り明星だと思います。
1つのボケがあって、それに対して1つのツッコミが入ります。この1ユニットを私は漫才の1小節と言っていますが、基本的にはその小節をたくさん並べてつなげただけの台本なんです。加えて、ボケできちんと大喜利力の高さを示そうとしているのも実に霜降り明星的です。他方、大喜利にこだわるあまり、かどうかは分かりませんが、小節ごとのつながりがなくなってしまっています。オーソドックスなしゃべくり漫才でも、ボケ側は、自分に入ったツッコミを受けて、その内容を反映したうえで次のボケを出す(=つまり、相手とちゃんと会話をする)場合が多いでしょうが、真空ジェシカの漫才ではツッコミの言ったことを無視してまた(基本的にはツッコミの発言内容とは無関係の)ボケを繰り出していました。
ゆえにこのような漫才ではボケ側の大喜利力と演技力が決定的に大事になってくるわけですが、どちらも微妙だったと思います。大喜利力に関しては、2進法とかハンドサインとかマニアックなところに手を出して違いを出そうとしていたのは伝わりましたが、マニアックなだけであんまりおもしろさにはつながっていませんでした。演技力もまだまだ磨けます。極めれば、「ツッコミの言うことをひたすら無視する変な人」に本当に見えてきます。去年の1本目のリリーはそのレベルに達していたと私は思っています。
6.オズワルド
「だとしたら爪長すぎだろ」はおもしろかったです。
畠中のキャラは与太郎ではなく、ちょっとしたサイコ野郎になっていました。ただもっと演じられると思います。伊藤のツッコミは、あれでちょうどいいと思います。
7.ロングコートダディ
「肉うどん」は「生まれ変わったらいやなもの大喜利」への回答としては少々微妙なのです。ただ、その後の吸われている時の動きや、ワニから肉うどんにつなげるしりとりのクダリはおもしろかったので、この大喜利で優秀なものを出すより、あとに繋げることを優先して「肉うどん」というチョイスにしたんだと思います。ただ、大喜利と後半への展開の両奪りができればもちろん最高です。両奪りが実現できる言葉を考えるのには、いくら時間をかけてもいいと思います。
肉うどん単体にあんまり爆発力がなかったという意味では、前半はフリの要素が強く、しり上がりにおもしろくなっていくタイプのネタでした。折に触れて何度も言っていますが、M-1の短いネタ時間でそういうネタをやるのは勇気の要ることだと思います。ここはどっちが優れているという話ではなく、やる方と見る方の好みの問題です。
私はといえば、しりとりのクダリが始まってから、「肉うどん」の次は何なんだろうと考えてしまいました。私はそこへ話を展開していくのだろうなと期待していましたが、蓋を開けてみれば一切言及はなかったので、少々残念でした。もっと長いバージョンのネタではそういう展開もあるのかもしれません。とにかく色々な広げ方が考えられる台本です。広げないのであれば、やっぱり「ん」で終わるのは見る側に妙な期待を抱かせるので避けた方がいいと思います。もう1回言いますが、肉うどんの代わりはいくら時間をかけて考えてもいいです。
8.錦鯉
おもしろかったですよ。モグライダーの次におもしろかったですよ。
設定は「おっさんが合コンに来てメチャクチャにする」っていうとっても古臭いものなんです。ボケの1つ1つも、「こんな合コンはいやだ大喜利」への回答として見ると、全体的にしょうもないんです。それでもあれだけおもしろくなるのは、長谷川がバカなオッサンを演じ切れているからです。そして、そのキャラに沿ったボケをきちんと選んでやっているからです。大喜利は自分のキャラに合わせることを意識すると、クオリティを多少下げても大丈夫になるのです。
長谷川の突き抜けたバカっぷりに、渡辺のクールなツッコミも合っています(キングオブコメディ的な感じです)。渡辺がもっと大声を出したりしたら多分バランスが崩れると思います。あのバカキャラがあれだけできるのは、恐らく素の自分をベースにしているからでしょう。そうでないとしたら、一流のプロです。
9.インディアンス
きむのカミはなくなっていましたが、それ以外は去年とあんまり印象は変わりません。なのであんなに点数が入ったのが不思議です。
ゆえに感想も去年と変わりません。田渕をどうしてもザキヤマと比べてしまうのですが、ザキヤマと比べるとしゃべる量が多いです。そして一つ一つもザキヤマのボケよりしょうもないのです。台本を事前に考えてまでやる内容だとは思えません。このスタイルの難点はもう一つありまして、それが松本の言っていたことですが、お客さんが笑っている間にもマシンガントークを続けることになるので、笑い声と田渕のボケがかぶり、何を言ったのかがよく分からなくなることです。
[参考]女芸人No.1決定戦「THE W 」は止めて男の芸人と競うべき
ソースが示せないのが心苦しいですが、やすきよの漫才ではお客さんの笑い声が短めに途切れていたそうです。なぜかと言えば、みんなやすきよの言うことを一言一句聞き漏らすまいと注意していたから、らしいです。そうすると、今回のインディアンスの漫才で笑い声が途切れなかったのは、お客さんが「どうせ意味のあることを言っていないから、内容までは聞き取れなくても大丈夫だろう」と判断したから、ということになります。それで終わって欲しくはないのです。「なんかおっさんが一生懸命早口でまくし立てているのがおもしろい」というレベルは卒業して、きちんと内容でも笑わせて欲しいのです。
10.もも
不良顔のまもる。と、陰キャオタク顔のせめる。が、その顔を利用して掛け合いをする漫才でした。一方が「○○が欲しい」と言うと、もう一方が「お前の顔に合うのは○○だ!」という趣旨の偏見を言う流れです。この偏見は、毎回「なんでやねん」から始まるのでツッコミのようにも聞こえてしまうのですが、実際は偏見に満ちたボケです。この偏見がズレを生んでいるわけです。ボケとツッコミの役割は交互に入れ替わっていたので、どっちがどっちかはあまり重要ではありません。
しゃべりの演技は2人ともできているんですが、特にせめる。はそのせいで顔のキャラに合わなくなってしまっているのが難しいところだなと思いました。陰キャオタクはあんなコテコテの関西弁でツッコミはしないような気がするので、キャラがブレているのです。そして、2人とも声質があんまりキャラに合っていない気がします。聞き取りづらいとか滑舌が悪いとかそういうことではないのですが、とにかくキャラにピッタリハマっていないのです。例えば、伊達ちゃんの声はちゃんとガラが悪いです。ガリガリガリクソンの声もちゃんと陰キャオタクっぽいです。あんまりちゃんと言語化ができませんが、そんな感じです。
そして、見た目に基づく偏見を言い合う内容でしたから、ルッキズム排除が叫ばれる昨今のテレビでは、このネタをやるのは難しくなっていくのでしょう。
<最終決戦>
1.インディアンス
真美とか、急に自動ドアが開くコントが始まるクダリとか、サザエさんとかいった一度出したものを繰り返す展開は意識して入れ込んできている感じがしました。そこは良かったですが、全体的には田渕がしょうもないことを早口でまくし立てる漫才の構造が1本目から変わりませんでした。
田渕の発言のしょうもなさは、長谷川みたいにキャラに合わせればある程度カバーできるのですが、漫才で披露している「早口でまくし立てるひょうきんなおっさん」以上のキャラが見えてこないので、キャラに沿った大喜利というのも難しいのでしょうね。
2.錦鯉
高齢者の寝かせ方の伏線を張っていたのは良かったです。それから「森へ逃げ込んだ」発言に対する「じゃあいいじゃねえかよ」のツッコミも好きです。
長谷川のバカキャラは活きていましたが、おっさんキャラは鳴りを潜めていました。バカキャラだけだとどうしてもしょうもなさが勝ってしまいます。なんででしょうね。バカキャラは漫才にたくさん出てくるからでしょうね。ボケは、大抵バカなんです。みんな一生懸命おもしろいバカを考えるのが漫才の世界なんです。だから、バカキャラを演じられても「台本があるんだろうな」というのが透けて見えてしまうのです。ゆえに、バカやひょうきん以外のキャラで勝負してほしいのです。そうすれば、「この人は素でそうなんだろうな」と思えてくるのです。背後にある台本を封じ込めることができるのです。これは、田渕にも言えることです。
3.オズワルド
色々と伏線は入れ込んでいました。そこは素直に褒めるべきですが、なんか1本目と比べるとこれまでのM-1で見たオズワルドに近かったです。
畠中は、今回も結構サイコな役回りでしたが、もうちょっと演じられると思うのです。畠中にもうちょっと演技力がないと、伊藤の鬼の首をとったようなマンキンのツッコミも空回りして飛んでいってしまいます。
<総評>
最終決戦では、インディアンスは少しだけ上向きましたが、錦鯉とオズワルドが失速したので、投票先を悩んだという審査員たちのコメントも共感できました。ただ私は、錦鯉で順当だったと思います。
テレビ的に一番売れそうだと思ったのは、やっぱりともしげです。
【あわせて読みたい】