<2020年 金融資産10京円時代のデザイン>話題の本『だからデザイナーは炎上する』から考える -大浜史太郎


大浜史太郎[東京ガールズコレクション創業者/ファッションプロデューサー]

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新国立競技場、五輪エンブレムなど、近年ほど「デザインのありかた」が注目されたことはありません。

「デザインとはいったい何か?」

この問いかけはこれまで何度も議論されてきた、とても深遠で重層的なテーマです。一般論では「デザインとは解決策や設計・機能」であり、「アートは自己表現や問いかけ」だと語られるのをよく見かけます。

ところがビジネスの現場ではそんなに簡単に峻別できるものではありません。何故なら、私たちはデザインという「概念」を、まるでカメレオンがくるくると色を変えるように、定義や論点をすり替えて話すことが多いからです。

そんな時、ちょうどデザインを考える上でひとつの指標になるとても良い本を読みました。東洋大・准教授の藤本貴之さんが上梓した『だからデザイナーは炎上する』(中公新書ラクレ)です。

ここでは、五輪エンブレム騒動の発生から新エンブレム選定開始に至るまでの全経過がわかりやすくまとめられているのですが、なぜあのデザインが炎上したのか、その過程とメカニズムも詳しく説明されています。

例えば「パクリ」の定義をきちんと理解している人は少なく、一言で片付けられてしまいがちな「パクリ」自体は必ずしも悪いことではなく、場合によっては着想などの技法の一つであると指摘しています。

大筋、同著の意見に賛同できたのですが、気になった点もあります。

それは、五輪ロゴの騒動があそこまで炎上してしまった要因のひとつとして「デザインとアートの勘違い」がある、という部分です。

うむむ・・・。仕事柄、ファッションやアートを問わず様々なデザインを見てきてつくづく感じることは「この世に実在するあらゆるものは、完全な定義や区別はできない」ということです。

果たして「デザインとアート」を完全に区別できるのでしょうか。この論点を切り口として、現代のデザインを改めて考えてみたいと思います。

<本来、アートとは「技術」だった>

私は、アートやデザインにはもともと明確な境界線はなかったと考えています。ドイツのトーマス・ハウフェは、レオナルド・ダ・ヴィンチが「設計家・技術者・芸術家」を兼ねた「最初のデザイナー」であったのではないかとも指摘しています。

時代を経て18世紀に入ると英国の経済学者アダム・スミスは自著『哲学論文集』の中で、当時のアート(芸術)とは「模倣の技術」であったと記しています。さらに「模倣だけの値打ちで絵画の尊厳を維持することができる」と、技術や技巧しだいでアートの値打ちが大きく変わることを詳細に語っています。

芸術家はパトロンであったお金持ちや教会、宮廷などのために肖像画や宗教画をいかに「リアルに」、いかに「精巧な技法で」描くかに没頭して技術を磨いていたわけです。

つまり、当時の芸術家とは「技」を持っているからこそ、仕事を請け負える技術職であり、現代で言うまさに「デザイナー」や「エンジニア」だったのではないでしょうか。事実、一般的な辞書の意味の優先度は下がったと言え、英語の「ART」には「技術や技巧」の意味もあります。

19世紀前後あたりになってようやく、現代の私たちが指している「自己表現」としての「アートや芸術」が勃興します。その背景には、19世紀初頭から登場した「写真技術」による芸術家の「模倣の技術」の需要の減少もあったはずです。

この頃に、芸術家が自分達の「自己表現」のために芸術を創っていくという流れが生まれます。19世紀に入り絵画や芸術の定義を「解体」せざるをえなくなり、「再定義」されていったのは自然なことだったのでしょう。

このようにアートは「技術」の時代から、芸術家の「自己表現」の時代へと変化してゆきます。「だからデザイナーは炎上する」が議論の対象としているのは「自己表現としてのアート」なのですが、現代美術では、またもや一部は「技術」のアートへ回帰してゆくという動きもあります。

現代美術家の村上隆氏は、自著の中で「アート」と「ART」と「現代美術」と「美術」の違いをわかりやすく説明していますが、『基本的には一緒にしてしまって良いものだ』とも記しています。

<現代美術家はもはやデザイナーどころか、金融工芸家?>

そして今日。現代美術家たちは世界のバルジ・ブラケットと呼ばれる世界経済に大きな影響力を持つ巨大投資銀行たちの「利回り」や、大富豪たちの「資産保全」までを目的とし、明確な「機能」を持ってデザインをするようになっています。

米国の著名なコンサルティング会社「ベイン・アンド・カンパニー」によると2020年の世界のオルタナティブ投資等まで含めた金融資本市場は10.3京円(US$900 trillion)近くに上ると予測しています。世界ではお金が唸るほど余っていますから、行き先を失った世界の巨額マネーは、実物資産であるアートにも確実に向かい、その価値をさらに押し上げるでしょう。

そうなると、最先端のアーティストに限って言えば、決して自己表現などではなく、研ぎ澄まされたコンセプトやコンテクストをいくつもレイヤーとして差し込んでいく極めて優秀な「デザイナー」や「エンジニア」でなければなりません。

そういう人たちは、もはや現代の「金融美術工芸家」になっているとさえ言えるかもしれません。莫大な価値は生んでゆくための現代アートには「客観的な説明や合理性」は当然のこと、「文脈」や「戦略」も不可欠です。

このようにデザインやアートの「役割や定義」も「時代や意識」によってどんどん移り変わります。むしろ、仮に一時的に定義しても、やがて「解体」されて、「再定義されていく」運命なのです。

「だからデザイナーは炎上する」を読んで、デザインとアートのあり方について、色々と考えさせられた良いきっかけとなりました。

皆さんもぜひ目を通されてみると良いと思います。

 

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大浜史太郎

大浜史太郎(おおはま・ふみたろう)東京ガールズコレクション創業者/ファッションプロデューサー。1971年、東京生まれ。2005年に日本最大級のファッションフェスタ、東京ガールズコレクションを創始。国内は第11回まで実行委員長を歴任。