泣けるほど哀しい 「BS1スペシャル」報道に関する調査報告書

テレビ

両角敏明[元テレビプロデューサー]

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森友を引くまでもなく重大事案の「内部調査」とやらはまったく信用できません。事実と向き合うなら外部の第三者に任せればいいので、内部で処理しようという姿勢そのものがこの調査は怪しいですよと大声で叫んでいるようなものです。

昨年末に2度にわたって放送されたNHK「BS1スペシャル 河瀬直美が見つめた東京五輪」の1シーンについてねつ造の疑惑が生じ、これをNHKの内部調査チームが検証した報告書が2月10日に公表されました。ネットですぐ見つかるのでひまつぶしにご一読をお勧めします。何とも珍妙で不誠実な代物で読み応えがあります。

番組は正味99分、東京五輪の公式記録映画監督である河瀬直美さんの活動に密着したドキュメントで、問題は番組後半の約1分弱のシーンです。カメラを手に取材しているのは河瀬氏のスタッフである島田氏、その光景をNHKが密着し撮影しています。

白Tシャツに黒キャップ、缶ビールを手にした中年?の男性がやって来ます。

テロップ1:五輪反対デモに参加しているという男性

テロップ2:実はお金をもらって動員されていると打ち明ける

男性の声「デモは全部上の人がやるから」

島田質問「デモ、いつあるとかはどういった感じで知らせがくるんですか」

男性の声「それは予定表もらっているから それを見て行くだけ」

男が金をもらって五輪反対デモに参加していると証言しているシーンですが、事実は、男は五輪反対デモにお金をもらって動員されたとも、五輪反対デモに参加したとすら言っていなかったというのです。あまりのことに卒倒しそうです。

これはヤラセとか、誘導とかのレベルではなく、ありもしない事実を作り上げた虚偽放送で、前代未聞、放送史に残る歴史的大事件です。NHKは電波剥奪じゃないですかね。

調査チームによると、取材テープに「五輪反対デモには行かない」という男性の声が残り、一方で事後面談では「五輪反対デモに行ってみたい」「反対デモに行った記憶がある」と答えたりしています。非常に不安定です。お金の件も「ご飯代ぐらいで色々なデモに参加している」「デモで2000円から4000円もらうことがある」と発言しているものの、「お金をもらって五輪反対デモに参加した」とは一度も言っていません。

[参考]なぜ?羽鳥慎一モーニングショーへの根拠不明の一斉攻撃

テロップ1、2に表記された内容を男性が発言していないことは明らかです。

筆者は長年情報系のテレビディレクターとして仕事をしたOBです。その経験からするとこの出来事は不可解なことだらけです。

まず男性との出会いです。東京五輪開会式の当日、取材中の島田氏にこの男性が声をかけてきたのが発端です。島田氏はその場で、後日別の場所での取材を男性に依頼します。よほど男性の話に島田氏が惹かれるような内容があったのでしょう。後日、山谷で待ち合わせ、公園で撮影したのが問題のシーンです。なぜ「後日」だったのか、なぜ山谷なのか、なぜ缶ビールを手にしているのか、島田氏に小さな演出的意思がなかったのかの疑問も浮かびますが、やはり島田氏が惹かれた男性の話の内容が重要です。というのは、島田氏は後に問題に対するコメントで、男性から五輪のデモに参加したという話はなく、NHKのつけたテロップを見て驚いた、と発言しているからです。

では、金銭動員の話はおろか五輪デモに参加もしていない男性に後日改めて別場所で取材をしようという島田氏の動機は何だったのか、ぜひ知りたいところです。なぜなら、問題のシーンの上記記述をもう一度見直して下さい。この場面にテロップ1、2がなかったら放送に値するシーンとして成立しますか。男性の声で語られているのはデモの一般論で、このていどの話を取るために通りすがりの男性を後日、別場所で取材するのはとても不可解です。

テロップ1、2を入れたのは島田氏ではなくNHKのディレクターです。彼が取材しているのは島田氏の取材活動のはずですが、テロップ1、2により島田氏が取材してもいない内容を勝手に事実として放送しています。筆者は、この手の密着取材の経験者として、島田氏がこの男性を取材した動機、NHKディレクターが2つのテロップを入れた動機、およびこのシーンに関する二人の関係はまさに不可解です。この事例の動機解明にきわめて重要なこの点について調査報告書はまったくふれていません。

残念なことに、いまはこの「BS1スペシャル 河瀬直美が見つめた東京五輪」を視ることができません。そのため今回の公式記録映画で河瀬直美監督はきびしかった五輪反対の声をどう受け止めようとしたのか、そのために島田氏などのスタッフにどういうネタの取材を求めたのかを窺い知ることができません。河瀬監督は、当該男性から「お金を受け取って五輪反対デモに参加する予定がある」という話はなく、公式映画チームが取材をした事実と異なる内容が含まれていたことが残念でなりません(筆者抜粋)、とコメントしています。河瀬監督はチームが取材すべき重大な価値を当該男性に見いだしてはおられないようです。

こうなるとなぜ問題が発生したのか理由がまったくわからなくなります。公式映画チームの島田氏の男性へのこだわり、NHKディレクターの男性インタビューシーンへのこだわり、どちらも解を想像できないナゾです。

今回の調査報告書に、結果として意図的な虚偽放送をしたのだという重大意識はNHKになく、そのような記述はありません。問題の原因は番組内容のチェック体制や当事者たちのチェック意識の緩みとし、すべては現場責任とする問題をきわめて矮小化した記述がくり返えされています。そこから露骨なまでにはっきりと見えるのは、必死に2者を守ろうとする姿勢です。ひとりは河瀬直美監督、もう一者はNHK幹部たち。実はもっとも責任を感じ、責任を感じるべき2者です。

なぜかこの問題をメディアも国会も大きく取り上げないので、ウヤムヤになりそうですが、一方でBPO(放送倫理・番組向上機構)が「深刻な事案である可能性がある」として討議入りを決めています。その調査結果に注目です。

それにしても、NHKはなんともオソマツでみっともない調査報告書を出したものです。なさけなや、なさけなや。

森友や加計、桜、統計不正が象徴するように、内部調査を含め、何につけても事実を明らかにせず、時を稼いで逃げ切ろうとするする日本に横行する卑怯な手口。この姿勢が日本を蝕み、あらゆる点で日本をぼろぼろにしている事実にいつまでも目をつぶっていると、日本は奈落の底の底まで落ちかねないんですけどね。

 

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