<怪しいワクチン供給>菅政権は「奇跡」を実現できるのか?

政治経済

両角敏明[元テレビプロデューサー]

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昨年7月31日、厚労省発のプレスリリース。

『来年6月末までに6000万人分のワクチンの供給を受けることについて、 ファイザー社と基本合意に至りました。』

2021年1月20日、基本合意は一転します。

『新型コロナウイルスワクチンについて、年内に約1億4400万回(7200万人)分の供給を受けることについて、ファイザー社と契約等を締結しました。』

基本合意が正式契約となったら、「6月末までに6000万人分」が「12月末までに7200万人分」に変わりました。供給量は1200万人分増えたものの、納入期限が6ヵ月も先延ばしです。7月からのオリパラ対策やワクチン接種が遅いと風当りが強い政府にとっては不本意な契約でしょう。

この契約発表の翌日、政府内の混乱が露呈します。

2021年1月21日・午後、

坂井官房副長官 『今年6月までに必要な数量の確保を見込んでいる』

翌日・午前、

河野担当大臣 『情報の齟齬があり(坂井官房副長官の)発言を修正させていただく』『具体的な供給スケジュールは今の時点では未定』

河野大臣が官房副長官の発言を修正というとんでもない閣内不一致。ところが午後に、

河野担当大臣 『確保の「見込み」、確保を「目指す」というところ(の違いで)齟齬はないよねという確認をした。これはたいしたことではない。』

「見込み」と「目指す」ではまったく意味が違います。あったと言った齟齬をなかったと強弁し、閣内不一致を「大したことではない」と言い切る無責任さには呆れます。疑り深い筆者には、これはファイザー社との交渉で日本政府が押し切られた実態を隠蔽するために起きた混乱のように見えました。

ファイザー社は基本合意にある「6月末までに6000万人分」とは努力義務に過ぎないとし、納入期限の変更を日本政府にせまったのではないでしょうか。

ファイザー社は、供給能力をはるかに超えた世界各国からの需要に応えるため、EUにあるベルギー工場の製造ラインを増やす工事を決定します。このため春先までの生産能力は一時的に落ちざるを得ません。こうした中、感染のひっ迫度が圧倒的に高いEU圏への供給を減らすことは難しく、日本に納期延長を迫ったのではないでしょうか。菅政権にとっては、6月末の供給期限が12月末になれば世論の激しい反発は必至で致命的です。そこで世論の反発を避けるために6000万人分のところを1200万人分水増しして発表したのではないかと疑います。生産量不足に悩むファイザー社が日本への供給量を増やすのは考えにくい話ですし、安倍政権以降これくらいの嘘は日常茶飯事です。

しかも1200万人分の供給増は事実ではなくとも100%のウソでもない、と言い逃れるかすかな根拠がありました。12月下旬から、1瓶から注射5回分を取るのではなく注射器によっては6回分を取れるとわかってきたのです。韓国はこの時点で6回取り注射器を大量に発注したといいます。供給量は同じ6000万人分のままでもこれなら20%増しの7200万人に接種できます。菅総理の常套句なら「一方で7200万人分取れる可能性があるのも事実ではないでしょうか」ってことです。取れない可能性も事実なんですけどね。ともかく、このハッタリの結果ファイザー社は日本への供給量を1本も増やさずに期限を半年延ばすことに成功し、日本政府は7200万人分を確保と発表して批判の目先をかわし、というのが事実ではないか・・・5回取りから6回取りで+20%、1200万人分増、数がドンピシャピッタンコ、とても怪しい。これが筆者の疑いです。

[参考]<行政の無能?不作為?>ひと月でワクチン輸送機2機分が消える

状況証拠のような事実もあります。厚労省から自治体への12月中旬までの通知では5回取りの一般的注射器を使うとしていました。ところが正式契約する1月中旬の通知で6回取りの注射器を使うと変更します。そしてこの頃、韓国に出遅れること1ヶ月、厚労省は慌てて注射器メーカーニプロ社に6回取り注射器の在庫10数万本の供出を依頼し、2月に入ると月産50万本の供給とさらなる増産を申し出ます。しかしこの量では焼け石に水で、契約のほとぼりも冷めた2月9日の通知では5回取りの注射器使用に戻すと自治体へ連絡した、と「報ステ」が伝えています。

こうした疑いがゲスの勘繰りかどうかはこれからのワクチン供給状況で分かってくると思います。

3月9日現在、TBS系「ひるおび!」で報道されたファイザー社のワクチン供給予定を見てみます。すべて1瓶から5回取りの計算です。

・2月、3月の供給予定は約135万人分

・4月の供給予定は約428万人分

合計で約563万人分です。この先は未定ですが、おなじみの田崎史郎さんによれば5月、6月はドーンと入ってくるそうです。

政府は6月末までに高齢者3600万人に接種できる量を全国に配送するとしています。ならば先行接種4万人、優先医療従事者480万人を含めると6月末までに必要なワクチンは4048万人分です。

必要量が4048万人分、4月末までの供給は563万人分、これを差し引きすると、政府の発表を実現するには、5月と6月で3521万人分のワクチンが必要です。これは1日あたり58万人分、輸送機2機分です。これが毎日毎日ベルギーからホントに届くのでしょうか・・・認可待ちの他社製ワクチンも供給されるかもしれませんが・・・。

仮にワクチンが供給されたとして、3か月余りで4084万人、1人2回接種ですから8268万回の接種ができるのでしょうか。2月中旬にこんなニュースがありました。

イギリスは昨年12月8日にワクチン接種を開始。2月14日、1回目の接種を受けた人は1506万2189人に達したと発表した。開始から2か月余りで1500万人以上が1回目の接種を受けたことを、ジョンソン首相は「偉業だ」と称賛した。

1回目の接種というニュースですから人数分でカウントすれば750万人です。日本は4084万人ですから、同じ2か月余りでイギリスの5倍以上の接種を実行しなければ政府の言うスケジュールどおりにはなりません。これが実現できたら「偉業」どころか「ほぼ奇跡」です。もっともアメリカは1日あたり220万回の接種をしているそうですから、不可能ではないのかもしれませんが。

注射器について、テルモが7回取りの注射器を4月からの増産で年度内に2000万本を供給予定という朗報が。しかし平均すれば月産167万本、人数では84万人分です。一方、6回取りのニプロは現在月産50万本、数倍と言われる増産は9月以降です。この他インシュリン用の注射器とか、吸引時の工夫とかいろいろな報道がありますが、すべて合わせても残念ながら桁違いに数が足りません。逆に注射器の供給は国が行うようですから、多種多様な打ち方が混在するのは大混乱の元となりかねません。

昨今の政府は時にはほとんどウソでも、平気で口当たりのいいことを言います。それが実現できれば絶賛でしょうが、逆だったらコロナに疲れ果てた国民の失望感が爆発します。ワクチン接種スケジュールもテレビなどで発言するほとんどの識者が政府の言うとおりには実現できないだろうと言っています。実現できるかできないかで政府の感染対策も、経済政策も、オリパラ判断もまったく違ってくるはずでとても重大です。

もう過ちの先送りはやめて、ここは何事も正直ベースで事実を国民に示した方が良いのでは。国民は政府が思っているよりはるかに賢いので、その方が正しい方向へ進む確率は圧倒的に高いと思います。

 

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