<知識を得ると娯楽作品が楽しめない>弁護士はゲーム「逆転裁判」や小説「半落ち」の粗が気になる

エンタメ・芸能

高橋維新[弁護士]
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「逆転裁判」(カプコン)というゲームがある。
新人弁護士の主人公が、「身に覚えのない罪で裁判にかけられ、ピンチに陥っている依頼者」を助けるという法廷ゲームである。
舞台は、ちょっと近未来の日本である。法廷を舞台にしたゲームであるが、もちろんゲームなので、日本の現行の法制度とは色々な異なる部分がある。
しかし、そういった法廷リアリズムに関しては、あまり気にしない方が純粋にこのゲームを楽しむことはできる。基本的には、よくできたミステリーなのである。
シリーズは5作目まで出ているので、人気ゲームシリーズと言えるだろう。筆者は、「1」から「4」までを、あまり法律の専門的知識を持っていないうちにプレイをした。色々と悪評のある「4」は措いておくとしても、「1」から「3」までは、自分が現実の法廷や裁判に無知だったこともあって、純粋にミステリーとして楽しむことができた。
ところが、筆者が司法試験に合格し、その後の司法修習中にプレイした「5」については、どうしても現実の裁判や法曹制度と比べてしまっていた。
例えば、「5」では1話にしていきなり起訴されていない傷害事件の審理が始まったりする。これは現実ではありえないことであって、ゲームとは分かっていながら、そういうところの違和感に我慢がならなかった。「1」から「3」までほどに純粋に楽しむことができなかったのだ。もちろん単に脚本の質が落ちていただけという可能性もあるが、筆者の弁護士としての知識が、このゲームを純粋に楽しむに当たっての弊害となったことは否定できない。
 
『半落ち』(横山秀夫作)という小説がある。
アルツハイマー型認知症に犯された妻を殺してしまった「梶」という警察官の話である。梶は、自首した末に犯行を全て自白するが、殺害から自首に至るまでの空白の2日間については頑として口を割らず、その点は裁判になってもはっきりしないまま、嘱託殺人罪で懲役4年の実刑判決を受ける。
梶がこの2日間何をしていたのかというのがこの小説の肝になっている。この謎は、物語の最後の最後で明らかになるのだが、この「落ち」が現実的にあり得ないとして直木賞の選考委員から非難されたという経緯を覚えている方もいるだろう。
しかしながら、そういった部分を抜きにしても、この小説は日本の現実の法制度と比較すると色々とあり得ない展開が多い。弁護士の木村晋介氏も自著で指摘しているので詳細はそちらに譲るが、ひとつ指摘するとすれば、上記の情状なら梶は十中八九実刑にならずに執行猶予で済んだだろう。筆者も弁護士であるがゆえにこのへんの欠陥がどうしても目につくのだが、そのあたりを差し引けば、本作はよくできたお話なのである。
本稿では「逆転裁判」と『半落ち』の粗を指摘したわけであるが、言いたいことはむしろ逆である。「知識」を得てしまうと、表現作品の細かな設定上の「粗」に目が行ってしまい、作品自体を十分に楽しめなくなるなのである。それはそれで、不幸なことであるとつくづく思う。
こういう細かな「粗」をなくすためには、やはり綿密な取材が必要となる。ものすごく綿密な取材が必要である。もちろんその作業には、膨大な手間と時間を要する。
例えば『半落ち』には、主人公・梶の事件に関わった警察官・検察官・新聞記者・弁護士・裁判官・刑務官が語り手として登場する。これだけで6種類の職業の取材が必要となる。作者の横山秀夫氏は元新聞記者なので、新聞記者の取材は省けたのだろうが、それ以外は、もちろん取材が必要である。やはり、新聞記者以外の職業については、十分な取材ができていなかったように思う。あるいは、横山氏自身が新聞記者として過去に取材した経験だけで話を書いてしまったのだろう。
こういった細かな取材に労力をかけるのが馬鹿馬鹿しい場合は、読者・視聴者に「まあ現行の日本とは仕組みが違うのだろう」とすんなりと納得してもらうような設定にすることである。
例えば、同じ警察組織を描写するにしても、日本の現代の警察の普段の仕事模様を「正確に」描写することに重要性が見出せない場合は、「ものすごい未来」や「遠い宇宙の別の星」などを舞台にすればよい。近未来を舞台にしている逆転裁判はそのタイプなのだが、未来といっても近すぎるので、まだ違和感が鼻についてしまう。もっと思い切って時間的・空間的なスパンを長くとることである。2020年じゃあ近すぎるので、30世紀にするのである。火星でも近すぎるので、アンドロメダ銀河ぐらいにしてやるのである。
もちろん、これは一種の逃げなので、こういうことばっかりやっていると、そういう話しか書けなくなってしまう危険性もあるのだが。
 
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