ドラマ「はぶらし/女友だち」女も男も恐怖する池脇千鶴の怪演


水戸重之[弁護士/吉本興業(株)監査役/湘南ベルマーレ取締役]

***

<女と女の心がこすれ合うドラマ>

 2016年の第1クールは、女と女の本性がぶつかり合う佳作がそろった。フジテレビ「ナオミとカナコ」の内田有紀と広末涼子、NHK「逃げる女」の水野美紀と仲里依紗、NHK BSプレミアムの「はぶらし/女友だち」の内田有紀と池脇千鶴。

いずれも、女同士の心のこすれ合いのようなドラマ。同時に、女優たちの演技合戦の舞台でもあった。

なかでも、「はぶらし/女友だち」(全8回。各話29分)は、20年ぶりの旧友の訪問をきっかけに、次第に生活の歯車を狂わされていく女の心理を描き、観る者の神経をひりひりさせた。原作は、心理サスペンスの名手・近藤史恵の「はぶらし」。

ひとり暮らしで独身の脚本家・真壁鈴音(内田有紀)のマンションに、高校時代の同級生・古澤水絵(池脇千鶴)が、息子の耕太を連れて現れる。驚きつつも、家に招き入れると、久しぶりねぇ、とひとしきり懐かしがった後、今日だけ泊めてほしい、と申し訳なさそうに懇願する。

仕事も紹介してもらうことになっていて、そこに親子で住める社員寮もある、という。ごめんなさい、ありがとう、を繰り返す水絵に、一晩くらいなら、と応じる鈴音。

水、飲む? と渡されたペットボトルを受け取って「お水、わざわざ買ってるんだ」と水絵。

水絵は、鈴音が書いている人気ドラマの台本を読みながら「活躍してるね。すごいね。」と言う。そして、「昇りつめたね」と言う水絵。

女子校の合唱部を舞台にしたドラマについて「これって、私たちのことだよね」と懐かしむ水絵。フィクションだから、と鈴音が否定しても、高校時代とドラマをシンクロさせて不気味な笑顔を見せる水絵。

翌日、お世話になりました、と出ていく二人に、その行く末を案じながらも、ほっとする鈴音だった。

ところが―。

その日、夜遅く帰宅すると、水絵親子がロビーに座っていて、母親のような笑顔で「お帰りなさい。お買いもの?」と迎える。

どうしたの?といぶかしがる鈴音に、「忘れ物」と、くったくのない笑顔で言う水絵。ハンカチを忘れたというのだ。かぶせるように男の子が、「ママ、オシッコ!」と訴え、水絵は、「ごめんね、お手洗い、貸してもらえる?」と言う。

不吉な予感を覚えつつ、しかたなく家に入れると、今度はあと二日だけ泊めてほしい、と懇願される。

断ることに罪悪感を覚えるような状況が、水絵により巧妙に作り出されていく。鈴音はなすすべもなくずるずるととりこまれていく―。

<使った歯ブラシを返す女>

水絵は初めて泊めてもらった夜に、申し訳なさそうに、歯ブラシを2本、耕太の分と、貸してもらえるかなぁ、明日コンビニで買って返すから、と言う。鈴音は買い置きの新品を水絵に与え、歯ブラシぐらい、返さなくていいよ、と言う。

翌日、水絵は、ありがとう、はい、と使った歯ブラシを笑顔で鈴音に返す。凍りつく鈴音。新しく買ったのは? と聞く鈴音に、面接の前に使ったわ、とほほえむ水絵。

(ふつう、使った歯ブラシ、返さないだろう)、(ふつう、買った方返すだろう)。

ふつうではない行動をとる水絵。

「まるで背中を小さな虫が這っているような、そんなむずがゆい感覚だった」

原作での鈴音のセリフだ。

ずるずると居つく水絵親子。水絵は「耕太に牛乳を飲ませたくて、冷蔵庫を開けさせてもらったの。ごめんなさい」と詫びながらも、「何もなくて、びっくりした」としみじみ言う。

ほとんど外食だし、一人だと材料も無駄になるから、としなくてもよい言い訳をする鈴音に、母親のような心配顔で、「そんなんでもつの?」と優しく言う水絵。

水絵は、鈴音の不倫相手の敏腕プロデューサー柳井護(尾美としのり)との2ショット写真を週刊誌に流して、柳井を左遷に追い込む。かと思えば、鈴音と惹かれあっている善人の古本屋店主・灘孝史(金子ノブアキ)に助けを求めて、お礼に体を投げ出そうとする。何かが狂っている。神経をズタズタにされていく鈴音。

ドラマには「女友だち」と副題がついている。<女同士の友情は成立するか>などという生易しいテーマではない。女友だち同士の微妙な上下関係や嫉妬が、耐え難い不快感を増幅させていく。

原作者に加え、演出家と3人の脚本家が、すべて女性。女たちはどんな打ち合わせをして、このドラマを作り上げていったのだろう(と男の筆者は戦慄する)。

<乾いた人間と湿った人間>

水絵親子がついに鈴音の家を去った後、鈴音は二人が使っていた歯ブラシが遺されていることに気付く。

「もう乾いているのに、なぜか白いブラシがまだ湿っているような気がする。それは生きた人間の存在感にそっくりだ。」

原作での鈴音のセリフだ。

この世には2種類の人間しかない、という昔からの陳腐な言い回しをここでも借りるなら、さしずめ、<この世には2種類の人間しかいない。乾いた人間と湿った人間だ。>というところだろうか。

鈴音も、いわゆるドライな人間ではない。むしろウェットな気持ちで水絵に手を差し伸べている。だが、よりウェットで肌にまとわりつくような湿り気のある水絵に、自分自身のバランスを崩していく。

水絵は、高校時代の合唱部の思い出をよりどころに(実際はけしてよい思い出ばかりではなかった)、高校時代から輝いていて今も成功者である鈴音に、ウェットに憧れる。

水絵は、「鈴音は私を助ける義務があるんだものね」と高校時代を懐かしむように言う。鈴音にしてみれば、とっくに忘れていた、自分を頼って、と声をかけたことを、水絵はずっと続く<約束>と信じていたのだ。

水絵の虚言癖、盗み癖、被害妄想、良き日だった高校時代から離れられないでいる状況。ついには子供への虐待の兆候。視聴者のイライラは、ドライになりきれない鈴音にも向けられる。

一方、水絵については、実際に仕事探しをする場面、引越し先を探す場面、息子に優しくする場面などが、鈴音のいないシーンでも描かれる。水絵は水絵なりに耕太を守りながら生きているのだ。

このドラマ、どうオチをつけるつもりだろう。最終回が近付くにつれて、そんな疑問がわいてきた。

<凄すぎた池脇千鶴の演技>

主演の池脇千鶴と内田有紀は、「古沢水絵」という人物について、こんな風に言っている(NHK公式サイト)。

  • 水絵を演じた池脇千鶴

「ちょっと図々しいけど、こういう人いるよね、という人。」、「常識はずれなところはあるけれど、水絵には悪気はない。嘘をつくこともあるけれど、それは子どもを守るためだったり、自分たちが生きていくためだったりで、誰かをだまして陥れようというのではないはずです。」

  • 相手役の内田有紀

「子どもを抱えながら職探しをしているという辛い状況にはあるけれど、常軌を逸した人ではないし、きっとどこにいてもおかしくないような女性です。」

ドラマを観た多くの人は、このコメントを読んだら、えっ? と思うのではなかろうか。水絵には悪気はない? 常軌を逸した人ではない? どこにいてもおかしくない?

たしかに原作の中の水絵については、この二人のコメントははずれていない。ドラマの中の鈴音が(内田有紀の演技が)完全に水絵を突き放すことができないのも、このような原作の水絵像を前提にしている。もしかしたら、二人とも、原作もしくは台本を読んだ段階でコメントしたのかもしれない。

だが、ドラマの池脇千鶴の演技はあまりに凄すぎた。

「ジョゼと虎と魚たち」や「そこのみにて光輝く」などで、演技力には定評のある池脇が、その実力を「出しすぎた」。だから鈴音に対しては、視聴者は、どうしてそんなにお人よしなんだよ、さっさと追い出さないと危ないよ! と、叫びたくなるのだ。

<原作とドラマの違い>

原作とドラマは若干異なる。ドラマでは、わかり易さを優先せざるをえなかったのか、子供への虐待は、実は元の夫からのものであることが暗示される。水絵の言動も、夫からのDVの影響で病んでいったのではないか、とも受け取れる。

やっかい者にしかみえなかった水絵が最終回で急に不幸な女という設定になる。最後は、どうしてこうなっちゃたんだろう、と泣く水絵に寄り添う鈴音がいる。高校時代に戻ったような関係(友情とまではいえないだろうが)で終わる。

ドラマとしては、こうまとめるしかなかったんだろうなぁ。

原作はもう少し複雑だ。夫との関係も、完全なDV男としては描かれておらず、どこの夫婦にもありそうないさかいのようにも受け取れる。夫婦のことは、しょせん他人にはわからない、ということか。

原作では、ラスト、一気に10年後にとぶ。鈴音の前に、高校生になった耕太が現れる。まっとうな青年として育った耕太は、あれから母には会っていないこと、父とその再婚相手と暮らしていること(原作では父は完全なる悪人ではないことがここで示される)、水絵があちらこちらに迷惑をかけて物を盗んでいたのは事実であることなどを鈴音に話す。原作はドラマよりずっと曖昧で、真相はやぶの中であり、それが魅力になっている。

ドラマと原作で共通しているのは、水絵は鈴音の物を盗むこともできたのに、土壇場で盗みを働らかなかった、自分からだけは盗まなかった、という事実を鈴音が<大事なこと>と思っていることだ。鈴音は、この事実だけをよすがに、水絵との関係に<かすかな友だち>をみる。水絵は哀れな女だ。

そんな水絵を完全には突き放せずに、なおもなにがしかのつながりを見い出そうとする鈴音。服役中の水絵に面会に行って、耕太の描いた絵を見せたりする。

柳井(尾美としのり)との不倫を清算し灘(金子ノブアキ)との幸福な生活を始めた鈴音の「持てる者」としての贖罪だろうか。自分だけが幸せになることの罪悪感からの逃避だろうか。

「女とは、そういう生き物ですよ。」

何も言わない鈴音の代わりに、慈母のような笑顔をこちらに向ける水絵の声が聞こえてきそうだ。

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.

水戸重之

水戸重之(みと・しげゆき)弁護士として、映画、音楽、放送、芸能界、スポーツ関連の仕事を25年にわたって続けている。吉本興業(株)監査役、湘南ベルマーレ取締役。早稲田、慶応、筑波の各大学で教壇に立つ。日本人メジャーリーガーの日本側代理人を務める(石井一久、高津臣吾、齋籐隆、福留康介、黒田博樹、川上憲伸、青木宣親、田澤純一他)