<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産(29)「浅草家演劇の至芸『月形半平太』」

エンタメ・芸能

高橋秀樹[放送作家]

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僕の目の前で大将(萩本欽一)が、コントを演じてくれている、観客は僕一人、表現が陳腐なのを承知で言うと「至福の時」である、演目は『月形半平太』(つきがた はんぺいた)。幕末維新の動乱を描く、行友李風作のこの戯曲、『国定忠治』とならぶ新国劇の代表作品だ。
戦前戦後を通じ何度も映画化テレビ化され、月形半平太を演じた役者には、長谷川一夫、阪東妻三郎、大河内伝次郎、嵐寛寿郎、月形龍之介、市川右太衛門、大川橋蔵、辰巳柳太郎、市川海老蔵と言ったスターが並ぶ。
変わったところでは森川信、寅さんの初代おいちゃん、大将が入門した浅草軽演劇のスターでもあった。

雛菊「月様、雨が…」
月形「春雨じゃ、濡れてまいろう」

この名台詞で有名だが、これを笑いで演じた時には、当時の観客は皆、時代劇の基礎教養があったし、名乗りを上げずとも月形半平太が勤王の志士で、その命を付け狙う新選組局長・近藤勇(こんどういさみ)が、幕府方であることは承知済みだ。
ナゼ、当時の浅草軽演劇は、素材として、時代劇を笑いに変えて演じたのだろうか。

「もちろん、人気があったし。みんな知っている。それ以上に有効だったのは時代劇は設定がしっかりしているから、いくら笑いで壊しても、崩れない、いつでも本筋に戻れるからだよ」

と、大将は言う。
大将が僕の目の前で再現してくれているのは、浅草東洋劇場で演じられたものだ。配役は月形半平太に当時の劇場の筆頭格、石田映二。近藤勇に大将の師匠とも言える、池信一。月形を慕う芸姑・雛菊に劇場の踊り子さん。

「月形と雛菊がやってくると、そこにおなじみの高下駄を履いた近藤が現れて殺陣になる。まあ、この殺陣は見事なものだった。客席は固唾を呑んで見ている。
その殺陣の拍子に近藤の左の高下駄の鼻緒が切れちゃうんだなあ、近藤は切れた鼻緒を客席に見せるように持って、しまった、という顔をして、草むらに使い物にならなくなった下駄を投げ捨てる。
そしてだ。近藤は月形に正対する。そして、刀を上段に構えて、自分を大きく見せようっていうんだろう、右足の高下駄だけで片足立ちしてセリフだ。『つきがた』(間)」
「そこまでは、かっこいいんだ、ところが『月形さん』の、『さん』を言おうとして、片足で立ってるのが辛くなって左足を地面につく」
「すると、『月形さん』て、動きがギクシャクになっちゃう。『つき〜がたァさん』て感じだ。その動きでずっと芝居を続けるもんだから、客席から、波が寄せるような笑いが押し寄せる、こらえきれなくなって雛菊が、肩でクククと笑っていると、近藤が後ろからそーっと回って雛菊を無言で張り倒す」
「高下駄のね、鼻緒が偶然に切れたのか、切れるようにしてあったのか、それはわからない。でもそれだけで30分はやれちゃう、軽演劇はすごいんだって、その時、思い知らされたよ」

 
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