<「テレビドラマを書く」という能力>40年近い放送作家人生で、なぜドラマを書かないのか?書けないか?
高橋秀樹[放送作家]
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筆者は40年近く放送作家をやってきて、「テレビ」という箱から(今は板だが)様々なジャンルの番組を吐き出してきた。それこそすべてのジャンルといってもよいだろう。しかしながら、ただひとつ、やっていない「テレビ」がある。
テレビドラマである。
もはやドラマでは? と思えるのような長いコントもたくさん書いてきたが、いわゆる「テレビドラマ」はやったことがない。舞台の脚本や映画の脚本も何本か書いたが、「テレビドラマ」はやっていない。
なぜ、筆者はテレビドラマを書かないか? または、書けないか?
40年近いという自分の放送作家人生からこれを考えることで、「テレビドラマ」というものを生み出す(書く)能力というものが一体どのようなものであるのか、が分かってくる。
まず、筆者を例にとれば、「テレビドラマを書かない/書けない」理由の一番は「テレビドラマを書くという能力がない」からであろう。
第一に、ストーリーを考える能力がない。テレビドラマは何よりもストーリーが面白くなければならない。どうせ書くなら異常な設定ではなく、日常を扱ったものであるべきだろう。その方が視聴者の共感も得られるし、リアリティも出る。でも、面白さを出すためには、その日常が「日常そのもの」ではなく「どこか非日常」でなければならない。
例えば筆者こんな書き出しでストーリーを考えてみた。
山の中で夢中になって遊ぶ村の子供たち。その子供たちが、家に帰る時間が遅くならないよう一人の老人が毎夕5時になると、火の見やぐらに旗をつるしていた。ところがある日、5時を過ぎても旗が上がらない。
生まれて以来、病気で入院している小学生の子供。その病院はリゾートホテルだったものを改装して使っていた。だから、少年の病室のベランダには備え付けの望遠鏡があった。少年がある日、その望遠鏡をのぞいてみたものは……
・・・と、このような感じでそれらしくテレビドラマになりそうな伏線をはりつつストーリを書き始めても、大体上記のことくらい考えて、行き詰る。
そして第二に、セリフが書けない。もちろん、言葉を考えることは決して苦手ではない。しかし、「テレビドラマ」には特有の印象的なセリフが絶対に必要である。これを生み出す能力は言語能力とか表現能力とはまた違うのはないかと思う。
「僕は死にましぇーん」(『101回目のプロポーズ』フジテレビ)
「同情するなら金をくれ」(『家なき子』日本テレビ)
「生きるというのは人に何かをもらうこと。生きていくというのはそれを返していくこと」(『3年B組金八先生』TBS)
「忘れたいのでも、忘れないのでもなくてね、人間は忘れていくんだよ。生きていくために」(『世界の中心で愛をさけぶ』TBS)
「人間の欲にはキリがないのね」「それが一番純粋なものだからな」(『白い巨塔』フジテレビ)
「犯罪のトリックは人間が考えたんだから人間の私が解けない訳が無い」(『古畑任三郎』フジテレビ)
「夜が明けたから目覚めるのではない。目覚めたから夜が明けたのだ。目覚めぬものに夜明けは来ない」(『相棒』テレビ朝日)
「答えなくていいから聞いてもいいですか。私のこと、好きですか」「答えてもいいですか。好きです」(『青い鳥』 TBS)
お断りしておきますが、上記の名セリフは、別に自分が好きなセリフを集めたわけではない。思いついたものをランダムに並べた。そして、筆者にはこういうセリフが思いつかない。思いついたとしても「恥ずかしくて書けない」。
第三に、自分には「絶対越えられないと思う脚本家」がいるから書けない。山田太一、向田邦子、鎌田敏夫、この3人を超えようなんて言う考え自体が、おこがましいが、それぞれの作品を思い出すと、鉛筆を握った手が凍りついて動かない。
しかしながら、筆者にも書けるかもしれないと思うテレビドラマもある。「実録もの」である。
『仁義なき戦い』の脚本家・笠原和夫さんの『昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫(太田出版)』を読んでそう思った。綿密な取材、鬼面人を驚かすと思わせるが実は実際に話されたセリフ、人の汚いところをあらわにするストーリー。
取材があればできる。取材でも判明しなかったところを作家の想像でつなぐのは楽しい作業だろう。ストーリーを邪魔する事実があったら「事実のほうを切る(歴史小説家・吉村昭)」のだ。
しかし、筆者に取材という能力があるかどうかは別である。何しろ、取材には体力が必要だ。体力といえば。テレビドラマの脚本を最後まで書くのに必要なのも体力だ。正味47分間の1時間ドラマ。書くのには、箱を書いて、構成をして、最低、10倍の470分はかかる。8時間である。これは僕には無理だ。集中していられる時間は30分ほどだから。
だから、筆者にはテレビドラマが書けない。
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