<政治家の発言の真偽を問う>朝日新聞のファクトチェック=事実確認に期待

社会・メディア

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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2月10日朝日新聞に次のような宣言が掲載された。

「ファクトチェック」始めます

「虚実ない交ぜの発言で世界を揺さぶるトランプ米大統領の登場で、政治家らの発言内容を確認し、その信憑性を評価するジャーナリズムの手法『ファクトチェック』が注目を集めています。米国では、専門の政治ニュースサイト「ポリティファクト」があり、2008年の大統領選(補足:民主党のバラク・オバマ上院議員と共和党のジョン・マケイン上院議員の対決)をめぐる報道でピュリツァー賞を受賞。今もメディアが積極的に取り組んでいます」

ファクトチェック(fact-check)とは、ファクト(事実)かどうかをチェックすること。事実確認。とりわけ、政治宣伝や噂の真偽をチェックすることを言う。

まず取り上げたのは安倍晋三首相の発言である。

安倍晋三首相「どのような条文をどう変えていくかということについて、私の考えは(国会審議の場で)述べていないはずであります」(1月30日の参院予算委員会)

*〈評価〉誤り

自民党憲法草案を元に、憲法観をたずねた民進党の蓮舫代表に対し、「行政府の長としてお答えする立場にない」「逐条的、具体的な案については憲法審査会で議論すべきだというのは私の不動の姿勢だ」と述べ、答弁を避けた際の発言だ。

 実際には、2013年2月8日の衆院予算委員会で、日本維新の会の中田宏氏から憲法改正手続きを定めた憲法96条について問われ、「3分の1をちょっと超える国会議員が反対をすれば、指一本触れることができないということはおかしいだろうという常識であります。まずここから変えていくべきではないかというのが私の考え方だ」と答弁。個別の条文の改正について語っていた。

 ファクトチェック(fact-check)では、ファクト(事実)かどうかだけでなく、政治家の一貫性などもチェック出来ることが分かる。

【参考】麻生元首相「みぞうゆう」の上を行く安倍首相「でんでん」

 朝日に続いて毎日も、読売も、産経も是非初めて欲しい。始めたらやめないで欲しい。このファクトチェックには人手も手間もかかることは容易に想像が付くし、また、継続性が何より大事なことも分かる。始めたけど直ぐ止めたでは覚悟の程が疑われるというものだ。

 もうひとつ大事なのは明確な評価基準だ、たとえば、米CNNテレビのサイトでは、発言についてデータや過去の発言などと突き合わせ、「正しい」「おおむね正しい」「単純には言えない」「正しいがミスリードの可能性あり」「誤り」という評価である。わかりやすい。

 ファクトチェックが恣意的になっていないかどうかについても、まさしく自らをチェックする禁欲的姿勢が大切だと思う。

 またしても引用するのは朝日新聞の記事だが、それは他の日本の新聞に例がないからである。

安倍晋三首相「兼山(けんざん)のハマグリは、土佐の海に定着しました。そして350年の時を経た今も、高知の人々に大きな恵みをもたらしている」(1月20日の施政方針演説)

*〈評価〉言い過ぎ

兼山は江戸時代の土佐藩家臣、野中兼山。江戸から持ち帰ったハマグリをすべて海に投げ入れ、いぶかる人たちに「これは君たちの子孫に贈るのだ」と語ったとの逸話が残る。首相は演説の結びで紹介し、日本の未来を切り開こうと呼びかけた。

首相の言う「350年の時を経た今」の土佐の海の実情はどうか。

 高知県漁業振興課によると、2015年のハマグリの漁獲量は約400キロ、60万円相当だ。県内の主な産地にたずねると、県漁協入野支所(黒潮町)は「組合員が15人ほど従事しているが、メインはあくまでもウニなど他の漁だ」。甲浦支所(東洋町)は「自分で食べるか、人にあげるぐらい」。「大きな恵み」にはほど遠かった。地元紙の高知新聞は首相演説を「高知はハマグリ乏しい」「演説ウソ?」と報じた。

【参考】<県民の意思は反映されてる?>全員自民党の福井県は超個性派ぞろい

 兼山の逸話は、高知選出の中谷元・防衛庁長官(当時)も02年の小泉内閣のメールマガジンで、未来を見据えた政治姿勢のお手本として紹介したが、今も地元の恵みになっているとは書かなかった。演説で逸話を引くのは、政治姿勢をわかりやすく伝える方法として有用だ。ただ、閣議決定を経る施政方針演説にしては、事実確認が不十分だった。

 実に面白い、面白いが不穏当なら興味深い。筆者はこれから、このファクトチェックを毎日穴のあくほど読むだろう。繰り返し言うが、朝日新聞は、止めたら信用は地に落ちると覚悟してやって欲しい。

 自民党にはファクトチェックの対象としてスター級の閣僚、稲田朋美防衛大臣、金田勝年法務大臣、松野博一文科大臣など、が揃っているから、読む方も気が抜けない。もちろん民進党、維新など野党にも楽しみな人は多い。

 それから、ファクトチェックを始める覚悟があるなら、新聞には、もうひとつやって欲しいことがある。どの法案に誰が賛成票を投じ、誰が反対票を投じたかの報告である。国会議員全員。

共謀罪に関して誰が反対か賛成だったか知りたい人は筆者だけではないだろう。日本には党議拘束があるから、そんなことをやっても意味がないという訳知り顔の人の意見が聞こえてくるが、そうではない。これを続けることが、日本の代議制民主主義を守るのである。

 衆議院議員の定数は2016年現在475人。参議院議員は。2015年現在、242人。合わせて717人の投票行動は見ていて飽きない。ネットの時代だから印刷した新聞でなくても、サイトで良い。簡単なことだろう。

それにしても、こうして再びファクトをチェックしてみると、議員定数は多すぎる。衆議院300人、参議院100人、合わせて400人で充分だ。

 

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