<面白い芸人はたった1人>M-1は「漫才技能コンテスト」なのか?「お笑いのショウ」なのか?


高橋維新[弁護士]

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2015年12月6日に放映された「M-1グランプリ2015」(テレビ朝日)の決勝大会。2010年にM-1はなぜか終わり、2011年から2014年まではフジテレビで「THE MANZAI」が開催された。

その後、今度は(賞レース形式の)「THE MANZAI」がなぜか終わり、今年からまたM-1をやるようになった。何があったかについては筆者にも全く情報がないので、触れない。とりあえず、単純に今年のM-1について論評したい。

【番組の演出について】

M-1は、「漫才技能コンテスト」ではない。ゴールデンに時間をとって放送することを決めた瞬間に、それは「お笑いのショウ」になる。となれば、最も重視すべきは、「いかに公正に漫才技能の最優秀者を決定するか」ではなくて、「どれだけ視聴者に笑ってもらうか」である。それゆえに、この点に反する演出は徹底的に排除すべきである。

筆者は、漫才技能コンテストをやってはいけないと言っているわけではない。漫才技能コンテストは漫才技能コンテストで、実力のある若手を業界人が発掘できるとか、コンテストに向けて芸人たちが努力する結果、業界全体の芸のレベルが向上されるとかいった存在意義があるだろう。

しかし、それは業界人にとっての意義に過ぎないため、視聴者に一般公開するようなものではない。業界人がただ単に優れた若手を発掘したいだけだったら、わざわざ視聴者をそれに付き合わせる必要はないのである。

そもそも、M-1みたいな晴れ舞台がないと若手を発掘できないのであれば一流の業界人とは言えない。もっとドブ板的な努力が必要である。ハリルホジッチだってJ2の試合を見ているのである。

せっかく技能コンテストをやるのだからついでに公開してもいいだろうという意見もあるかもしれない。ただ、そういう趣旨で公開するのであれば、M-1みたいに「おもしろい」と宣伝してやるようなものではない。

「一応こういう技能コンテストというものをやっており、若手芸人がネタをやるから、見たらおもしろいかもしれないよ」という程度の姿勢でないといけない。もっと、ひっそりとやるべきものである。

M-1のように、ゴールデンに2時間30分も時間をとって、「おもしろいものをやります」という大々的な宣伝付きで番組をやった瞬間に、それは技能コンテストではなくお笑いのショウになる。お笑いのショウである以上、前述の通り視聴者に笑ってもらうためにさまざまな工夫を凝らす必要がある。

そして、その工夫は、時に技能コンテストで重視すべき「公正さ」と衝突する。

例えば、芸人たちのネタにまずい部分があれば、事前にスタッフがそれを指摘した改善する必要がある。失敗した時のことを考えれば、生放送ではやらない方がいい。編集でどうにもならないぐらい失敗したら、もう1回最初からネタをやってもらった方がいい。「出てきたのにネタをやらせてもらえない」というタイプの笑いもありかもしれない。芸人同士でコラボさせてもいいかもしれない。司会や審査員ともっと絡ませてもいいかもしれない。

でも、これをやり出すと、番組側が芸人のネタに介入することになるので、その芸人の技能を正しく計れなくなる。

それでいいのだろうか。

お笑いのショウである以上、それでいいというのが筆者の意見である。このうえに「技能コンテスト」としての公正さまで維持しようというのは、欲張り過ぎる話である。

技能コンテストをやりたいのであれば、上記のような「番組をおもしろくするための介入」はかなりの程度制限される。そうなると、番組のおもしろさも芸人たちのネタそれ自体のおもしろさに頼らざるを得ない。

それでおもしろくなるかどうかは、やってみないと分からないところである。ただ、出てくるのがまだ「売れてない」芸人でしかない以上、おもしろさは一定のレベルに止まらざるを得ないだろう。

ネタは、確実に審査員席に座っている人たちにやってもらった方がおもしろいはずである。

おもしろさが一定のレベルにしか止まらないのであれば、ゴールデンに何時間も枠をとってやってはいけない。それ以上におもしろい番組はもっと作れる。

単なる技能コンテストとして、ついでに一般公開するレベルに止めるべきである。すなわち、(敗者復活戦のように)昼間や深夜にやるべきものである。意識の高い業界人なら、ひっそりとやっているものでも見てくれるだろう。

業界人が見ればいいものだから、それでいいのである。その姿勢なら、全くおもしろくない「煽り」の演出の数々も自然と削ぎ落とされるだろう。

【ネタの各論について】

以前も書いたことがあるが、「ネタ」というのは、台本を守るタイプの芸である。芸人たちは、事前にどういうボケを繰り出してそれにどういうツッコミを入れるかを十分に考えて、台本を作り、それを覚えて練習するということをやっている。

この「台本芸」の難点は、見ている方が「事前に台本を考えているということはきっとおもしろいものが練られているのだろう」と考えて、ハードルが上がってしまうことである。

これにどう対処するか。

一つは、高くなったハードルを本当に越えるという正攻法のやり方がある。これは、並大抵のことではない。どうすればこのハードルを越えられるかについては明確な解がないが、一つだけ言えるのは、個々のボケとツッコミを相互の関連性もなく積み重ねていくだけの「足し算」の漫才では超えるのが難しいということである。

無論、個々のボケの質が高ければ足し算の漫才だけでこれを超えるのも可能なのだが、それも簡単なことではない。

今回ではスーパーマラドーナの漫才などに見られたが、事前に張っておいた伏線を後で回収するなどといった、ボケ同士の相互の絡みが必要である。

もう一つは、アドリブでやっているように見せるということである。アンタッチャブルの漫才はそういう雰囲気があるが、事前に台本を考えてはおくものの、アドリブでやっているかのように台本を進行させるというものである。

これも、並大抵のことではない。アドリブでやっているように見せるには、リラックスしているように見せる必要があるため、客前で緊張しないだけの場数を踏むか、リラックスしているように見せる演技力が必要である。また、台本は、台詞の一字一句まで指定しない方がいい。細かい文言はそれこそその場のアドリブで考えた方が、「台本感」が出ない。

この延長線上にあるのが、本当にアドリブで全部やるというやり方である。これも、並大抵のことではない。ただ、明石家さんまや、島田紳助や、ダウンタウンみたいな超一流はこれができるのが怖いところである。

今回出場した9組はどうだったろうか。基本的には全員がガチガチの台本を感じさせる内容であり、アドリブのようなリラックス感は出ていなかった。かといって、それほど内容が練られていたわけでもなく、ほとんどが個々のボケとツッコミの組み合わせを積み重ねていくだけの足し算の漫才だった。

個々のボケの質もそれほど高くはなかった(ただ、個々のボケの質というものはどれだけ考えてもどうにもならないところがあるので、筆者はその点はあまり云々したくない)。

つまり、今年は全体的に低調だったのである。2010年までの大会には必ず1、2組はいた「これは売れる」「これはおもしろい」という芸人がいなかった。これは来期以降改善するだろうか。

さて、以下に個別のネタについて言及してみたい。

1.メイプル超合金

男女コンビ。デブでブサイクの典型的な「女芸人」である安藤のファーストインパクトは強い。ただ、安藤はツッコミである。でも安藤をボケにした方がいいという話がしたいわけではない。安藤のツッコミはサンドウィッチマンの伊達のような迫真性があって、非常にパワフルで効いている。ハリセンボンの春菜より巧いくらいである。ネタで見せた個々のボケの質は大したことがはなかったが、テレビ的には使いやすいので、仕事が増えたらいいね。

2.馬鹿よ貴方は

平井の変人さは、個人的には好きである。審査員の岩尾も指摘していたが、平井の変人さを出すために「大丈夫か」にあんだけ時間を費やしたのは、結果から見ればよくはなかった。本人たちはやりたいことをやったからいいんだろうが、他にも平井がオウム返しをするくだりなど、全体的にフリがしつこすぎる部分が多かった。

3.スーパーマラドーナ

前述の通り、事前に張った伏線を終盤で回収した点はポイントが高い。田中のボケは、田中が女性の家に訪れたというシチュエーションコント風のものだったが、田中がその女性も演じていたので、少し分かりにくかったのが難点である。トリオにならないなら、もっと声を分かりやすく変えるなどの工夫が必要かと感じる。

4.和牛

ブラックマヨネーズやチュートリアル風の「こだわりの強い変人」の漫才。なんでブラマヨやチュートほどハネなかったのかはよく分からない。

5.ジャルジャル

個々のボケを積み重ねていくだけのもの。ナイツのような単純な言葉遊び的なボケが多かったため、確実に全部アドリブでやった方がおもしろいはずである。ネタ後、せっかくネタ中にやっていたボケを今田がやってくれたのに、それに反応できていなかったのがジャルジャルのテレビ的な限界だと思う。

6.銀シャリ

ジャルジャルと同じで「料理のさしすせそ」を取り扱った古典的な言葉遊び漫才。これも、確実にアドリブでやった方がおもしろい。橋本のたとえツッコミも効いてはいたが、たとえに関してはアドリブで物凄いものをポンポン出せる松本人志という偉大な先人がいるので、ネタでやられても「事前に考えているはずなのにアドリブの松本に勝ててないな」という感想にしかならない。

7.ハライチ

過去のM-1でやっていたものではなく、普通の漫才だった。岩井が噛んでたのが残念だったが、そこを直せばあとはやっぱり個々のボケの問題である。澤部もネタ作りにもっと絡んだ方がいいものができる気がするが。

8.タイムマシーン3号

デブのフラを持ったボケの関が「言葉を太らせる」(「漫才→ぜんざい」「お客さん→具だくさん」など)という言葉遊びのネタ。これも、ジャルジャルや銀シャリと同じでアドリブでやった方が確実におもしろい。途中からツッコミの山本が「言葉を痩せさせる」という逆パターンを出してきたのは良かったが、結局個々のボケが積み重ねられていくだけの足し算の漫才だった。

9.トレンディエンジェル

いつものトレンディエンジェル。ハゲを押しすぎで筆者は飽きている(http://mediagong.jp/?p=10728)。なんというか、全体的にしょうもないのである。

【ファイナルについて】

1.銀シャリ

1本目と同じボケを入れてきたのが高得点だが、橋本のたとえツッコミを聞くたびに松本と比べて残念な気持ちになってしまうというのは1本目と同じ。

2.トレンディエンジェル

1本目と同じでいつものトレンディエンジェルであり、既視感がものすごい。M-1に出るからには新ネタを作ってほしいのだが。というかネタ自体は新作じゃなくてもいいのだろうか。

3.ジャルジャル

優勝を逃したのは1本目と同じ感じのネタをやってしまったからだろう。特に追加で言うことはない。

【総評】

出場した9組の中でどれが優勝かと聞かれたら「トレンディエンジェル」というのは実に順当な結果だが、トレンディエンジェルが優勝せざるを得ない状況には空しさを感じざるを得ない。

審査員はネタそれ自体のおもしろさやあの場で客にどの程度ウケていたかだ点数をつけているのだろうが、せっかくプロの芸人なのだから、将来性みたいなのも加味してほしいところではある。

今回テレビ的な将来性を感じたのは、トップバッターであるメイプル超合金の安藤のみである。あの見た目とパワフルなツッコミはものすごい武器なので、あとは即応力さえあればハリセンボンの春菜を凌げる逸材である。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。