NHK「超入門!落語THE MOVIE」は本物の落語ブームを起こせるか?


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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10月19日放送のNHK『超入門!落語THE MOVIE』を見た。

NHKの番組ホームページによれば、「噺家の語りに合わせて再現役者の口が動く、いわゆる「リップシンク」に徹底的にこだわり、あたかも落語の登場人物たちが実際に話しているかのような臨場感を演出。見ている人をリアルな落語の世界へと導きます」とある。

要するに落語家の口演に合わせて、その場面を役者が口パクで演じるのである。つまり役者は声を出さない。

番組の告知を見たときの第一勘は、聴く人の想像で補うから面白い落語に対して不遜な試みで、面白くないだろう、と言うものであった。

そもそもなぜこのような企画が成立したのか。NHKの番組ホームページを見てみれば、「とかく『長い』『単調』『難しい』と言われがちな落語に、完璧な『アテブリ芝居』をかぶせてみたら…初心者でも『面白くわかりやすい新たなエンタメ』」との記述。ということは、あまり聞くことのなくなった古典落語を、若い人にも分かりやすくして、その人気をあげようという志のある番組だと思える。

今年、3月と7月に放送して、今回レギュラーになったそうであるから、一定の支持を得た番組なのだろう。

ところで、以下に筆者の疑問をいくつか記す。落語は今ブームだと言われているが、果たして本当にそうか。筆者はそうは思わない。

いわゆる「静かなブーム」ではあるが、「静かなブーム」と言う表現はそもそも語義矛盾であって、「ブーム」=「熱狂的な人気」ではないということだ。一部の人に熱狂的な人気があると言うなら、哲学だって、統計学だって、クラシック音楽だって、いつもで「ブーム」である。

【参考】笑いのプロが嫌いな「笑点」が笑える番組に進化した?

落語がブームかどうかについては、落語評論家の広瀬和生氏の冷静な分析がある。

「(UC会員誌「てんとう虫」より引用)今のマスコミが『落語ブーム』と捉えてているときに(中略)よく引き合いに出されるのが『渋谷らくご』というイベントで(中略)従来の落語ファン層とは異なる若い観客で盛況だが、百八十に満たない座席数の小さい会場の出来事だ。

それだけで「ブーム」と呼ぶのは無理がある。ただ、その現象に注目した記者がもっと調べてみると(中略)東西に落語家が八百人もいるという事実に辿り着く。

そこで『なるほどブームだ』と思ってしまうのはその記者が不勉強なだけだ。(中略)状況はこの十年間、大して変わっていない」

さらに落語は『長くて』『単調で』『難しい』のか。『難しい』というのは筆者が大学で落語研究会に入った45年前から言われていた。たとえばこういう言われ方である。

「花魁の話なんかは、もう吉原には廓もなくなって、廓話をしても今の人には分からないだろう」

そんなことはない。吉原には今もトルコ街(今はソープランド)があって、ソープランド嬢との駆け引きはあるわけで、その機微は今のヒトにも分かるだろう。

花魁もソープランド嬢も苦界で働き、春をひさぐ女性であることには変わりが無い。もちろん花魁は今日の風俗嬢とは段違いの「高級遊び」であるわけで、完全なイコールではない。しかし、ドラマや映画、漫画などでも頻繁に目にするコンテンツでもあり、十分に想像できるものだ。もし、これが理解できないのであれば、それは単にその人に想像力の欠如があるだけだ。昔の話だから分からない、というのはただの決めつけである。

古典落語だから難しい、というのも誤解である。前述の広瀬氏が言うように1990代、ホールで行われる落語も寄席の落語も魅力を失い低迷する。同時代性を失って一部の古典落語愛好家のものになった。

この時代にも志ん朝、談志といった名人はいて、彼らは古典落語に同時代性をきちんと取り込み、硬直化したものではなかった。そのぶん、分わかりやすさも兼ね備えていた。分からなくてもついてこいというパワーもあった。

もちろん、『単調』に関してはある意味、その通りである。筆者だって、日本橋のデパートの上にあった三越劇場の落語会で気持ち良く睡眠してしまったものだ。ここのキャスティングと演目選びは独特で、ある落語家とある演目が掛け合わされると見事な睡眠薬になってしまうからだった。『単調』なのは下手な落語家と、練れていない話の相乗効果である。

【参考】<桂歌丸の笑点引退に想う>「笑点」こそ日本の落語文化の衰退要因?

今は『単調』ではないすぐれた落語家が豊作であるという点だけは断言しておこう。

落語を映像化する試みはこれまで何度も行われてきた。方法のほとんどはは物語を借りて劇にするものである。その代表とも言えるのが1957年公開の『幕末太陽傳』(川島雄三監督・フランキー堺主演)である。『居残り佐平次』から主人公を拝借し、『品川心中』『三枚起請』『お見立て』などの物語を随所に散りばめてある。

日本映画史上の名作の一本と称えられるが、筆者はこれをよしとしない。落語口演のほうがずっと面白いからである。志ん朝の佐平次や談志の品川の女郎お染の方が、映像より勝っている。

さて、冒頭で言及したNHK『超入門!落語THE MOVIE』である。この手法は志(こころざし)通り、落語への入門となるのだろうか。「単純接触効果」ということで言えば「イエス」である。

「単純接触効果」とは認知心理学の成果の一つであり、人は、何かしらの対象物と繰り返し接することで、警戒心が薄れ、好意度が増していくという法則のことである。単純接触効果を上げるには視聴率を上げることが必要だ。

見やすいこと、見て嫌な気持ちがしないことが視聴率を上げる方策のひとつだ。今回の放送でやった春風亭一之輔口演『お見立て』の花魁・喜瀬川、前田敦子の口パクは普段ドラマで見せる前田の不自然さがなくて良い。

流山の田舎の富農・杢兵衛(もくべえ)役は、ドランク・ドラゴンの塚地武雅だったが塚地は芝居が上手なのに口パクではおもしろみが出ていなかった。

もう一つは古今亭菊之丞口演「かぼちゃ屋」。加藤諒演じる与太郎は、ただのバカに見えるように演じてはいけない。笑いのところを説明する再現映像はいらない。

与太郎が天秤棒をも担いで路地に入って回れなくなるところである。ここは落語家にとっても見せ所だからである。

あたり前だがキャスティングと演出が命運を握る。この番組、実力のある俳優さんは出てくれるだろうか?

 

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