<問われるメディア>マスコミが取り上げない恐るべき前川発言

社会・メディア

両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
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前川喜平前文部事務次官は記者会見で、加計問題の経緯とは別に、驚くべき発言をしました。これをマスメディアはほとんど取り上げていないようです。
6月23日、2回目の記者会見の中で前川氏はこう切り出しました。

「もうひとつ付け加えると、認識を新たにしたのは国家権力とメディアとの関係です」

そして報道に関する3つの問題を提起しました。

 (1)読売新聞5月22日の出会い系バー通い記事に見るメディアと権力との癒着

 (2)メディアにおける自己規制あるいは権力への忖度

 (3)一部コメンテーターによる偏ったコメント

最重要の(1)は後述するとして、(2)については、

「私に最初にインタビューを行ったのはNHKです。その映像はなぜか放送されないままになっています。最も決定的なものであります9月26日付けの文書、官邸の最高レベルが言っていること、が入っている文書ですね、これは朝日新聞が報じる前の夜にNHKが報じていました。しかし核心の部分は黒塗りされていましたね。これはなぜなんだろう。NHKを責めているわけではないのですが。」

これは(1)につながる、権力とNHKの癒着もしくは忖度を念頭に入れた発言でしょう。
(3)については、

「報道番組を視ておりますと、コメンテーターの中にはですね、いかなる状況証拠や文書が出てきたとしても、官邸の擁護しかしないという方がいらっしゃいます。(中略)森友学園の問題で官邸を擁護するコメントを出し続けた方の中には、ご本人の性犯罪が警察にもみ消されたのではないかという疑惑を受けている方もいらっしゃるわけです。」

前川氏には珍しく床屋政談的な発言ともとれますが、よほどに感じるところがあるのでしょう。ただ疑念の主山口敬之氏はテレビから消え、孤軍奮闘する官邸側情報の伝達者・時事通信・田崎史郎氏のコメントはTBS「ひるおび!」などを視ていると、昨今は失笑されることもあるようです。
最も重要なのは5月22日の読売記事に関する(1)です。会見では自身からの話と、2回の質問に対する回答で、この問題に計3回触れています。重複部分も多いので、筆者の文責で前川氏の発言を可能な限り正確にまとめます。
<以下、前川発言まとめ>

「私に対する個人攻撃だと思われる5月22日の読売新聞に掲載された記事、これは私にとって不愉快な話でしたけれど、その背後に何があったのか、これはメディアの中できっちりと検証されるべき問題だと思います。私は個人的には官邸の関与があったと考えています。
(その理由は)もともとバー出入りを官邸は承知していました。杉田官房副長官からご注意を受けたことがあり、官邸が知っていた情報であるということが理由のひとつです。それから、5月20日、21日に読売新聞の記者から、私の個人的な行為について報道する用意があると、ついては私のコメントが欲しいというアプローチがありました。私はそれに答えませんでした。
一方で21日の日曜日ですけれど、記事が出る前日ですね、より正確に記憶を呼び戻してみますと文部科学省の私の後輩に当たる某幹部からですね、「和泉(総理補佐官)さんが話をしたいと言ったら応じるつもりはありますか」というような言い方だったと思いますが、そういう言い方で打診があったと。私はちょっと考えさせてくれとだけ返事をしてそのままにしておいたんですね。私は報道が出てもかまわないというつもりでおり、それを抑えて欲しいと官邸に頼もうとは思っておりませんでした。
私自身の中では、読売新聞と和泉さんからの話は連動しているんだろうというふうに意識はいたしました。これは私の想像ですね。想像ですけれども、イヤな報道をされたくなければ言うことを聞けば抑えてやると、こういうことを言われるのではなかろうかなと、これは想像ですが、そう思いました。」

<以上、前川発言まとめ>
 5月22日の読売新聞の記事は個人攻撃であり、かつ官邸が関与していて、読売新聞は官邸の口封じ工作に連動していたと想像した、と前川氏は記者会見ではっきり言葉にしました。もちろん、前川氏自身が繰り返し「想像」と言っていますし、証拠はありません。
しかし、たとえ想像であろうが読売新聞にとってこれほどの屈辱はありますまい。読売新聞は5月22日の「出会い系バー通い」の記事で前川氏をぶったたき、こんどは前川氏が記者会見で読売新聞の横っ面をひっぱたいたのです。
前川氏が現役時代に出会い系バーに頻繁に通っていたとして社会面3段見出しで伝えたこの記事は疑問の多い記事でした。不法行為はおろか、不適切な行為を実証する指摘もなく、前川氏のコメントも取れていません。およそ大新聞が書くようなものではありませんでした。
前川氏は5月の1回目記者会見で、バー通いは女性の貧困について知るための視察、見学と答えています。その後、テレビや週刊誌等の後追い報道に前川氏の主張と矛盾するものはないようです。前川氏が本当に「視察、見学」で通っていたならば、読売の記事は取材不足により不当に民間人を貶めた誤報と言うべき状況です。その上に、この記事は官邸と連動していたとの疑いを前川氏は指摘しています。事実とすれば時の政権と大新聞が陰で手を握っているという実に怖ろしい一大メディアスキャンダルです。
そもそもこの記事には官邸からのリーク説が囁かれていました。一方で、時事通信の田崎史郎氏などは読売独自取材説をとっています。いずれにせよ、前川氏がバー通いをしていたのは昨年までの話で、杉田官房副長官から注意を受けたのも前川氏が現役の文部次官だった昨年12月のことです。この時期に読売が独自でこのネタをつかんでいたならニュースバリューの大きい時になぜ書かなかったのでしょう。その時はボツにして、半年も経ち、前川氏が私人となっていた5月22日になって書いたのはなぜでしょう。やはり5月頃になって官邸からリークされたのではという疑いが湧いてきます。
もちろん読売が昨年の話を今年5月ごろになって独自につかんだもので、官邸は無関係という可能性もあるのですが、だとすると、なぜ記事掲載の前日5月21日に和泉総理補佐官から前川氏にアプローチがあったのか、という疑問が生まれます。読売と和泉補佐官がつながっていない限り、補佐官が掲載日を知るわけがありません。たまたま、なんてことがあるでしょうか?
そもそも和泉補佐官から前川氏へのアプローチ話の信憑性をどう考えるべきなのでしょうか。
常識的に考えれば、5月21日に前川氏の後輩である現役の文科省某幹部が、和泉総理補佐官と話をする気があるかと打診してきたのは事実であろうと思われます。前川氏にせよ某幹部にせよ、ウソをついてもバレますし、バレた時の破壊力のすさまじさは誰でもわかります。
では和泉補佐官が前川氏と話をしようとした用件が「読売の記事について」だったのかということになります。
和泉総理補佐官は昨年10月に2度にわたって前川次官を自室に呼び、獣医学部新設について文科省の早急な対応を迫った方です。その和泉補佐官が、加計問題で前川氏の名前がチラチラしてきたこの時期に、わざわざ文科省某幹部を仲介にして私人である前川氏と話をしようとしたなら、用件は加計問題についてと考えるのは当然です。しかもそれが記事掲載前日の21日であれば読売の記事との関係を前川氏が「想像」するのはしごく自然でしょう。
もし和泉補佐官が読売から掲載日を知らされていたとすればそれだけでも問題ですが、もし和泉総理補佐官が前川氏に話をしようとしていた目的が前川氏の想像どおり、

「イヤな報道をされたくなければいうことを聞けば抑えてやる」

ということだとしたら、とんでもないことになってしまいます。読売の編集権は官邸の和泉総理補佐官の自由自在ということになり、これが事実なら、もう読売新聞は即死です。
これは何一つ証拠のない話ですが、記事に書かれた前川氏により、読売新聞はこれほどの侮辱を「想像」され、その「想像」を堂々と記者会見で発言されてしまったのですが、6月28日時点で筆者が知る限り読売はこれを無視し反論はしていないようです。
まさかとは思います。しかし、発言者は長く国家行政の中枢におり、事務次官まで勤め上げた人物であり、世に自身を曝して政権に異を唱え、これまで冷静に、理路整然と説明を重ね、その発言が正確で政府の説明を覆してきたのも事実です。
この間、天下り問題や、新国立競技場、親族企業、など前川氏個人のスキャンダルをほじくり返そうという向きもあったようです。時事通信・田崎史郎氏は、前川氏が次官候補として名が挙がった時に官邸内で反対したのが和泉総理補佐官であり、それを前川さんが知っていた可能性がある、などというトンデモ話まで披瀝しています。それでもバー通いを含めて前川氏のスキャンダル掘りは今のところ何ひとつ成功せず、前川氏の信用は崩れていないようです。前川氏の信用度を考えれば読売は完全スルーで良いのでしょうか。
ところで、今回の会見で最初に質問したのは産経新聞の記者でした。

「総理のご意向文書ですが、前川さんが報道機関に文書をながしたという指摘があります。前川さんが流したのでしょうか?」

取材源の秘匿など眼中にないこの記者の目はどこを向いているのでしょうか。メディアの力が衰えてはいないでしょうか。昨今、安倍の殿様のご乱心が際だつ中、政権とメディアから個人攻撃を受けたと感じ、メディアと権力との癒着を実感したとする前川氏の結びの発言を書いておきます。

「監視社会化とか警察国家化とか言われることが進行して行く危険性があるのではないかと、あるいは権力が私物化されて第四の権力と言われるメディアまで私物化されてということになっていったらですね、日本の民主主義は死んでしまうと、その入り口に立っているのではないかという危機意識に私自身も思ったんですね。そのことがこの問題のインパクトだと思っています。」

 前川氏は怖ろしいことを言っているのです。問われているのはメディアです。
 
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