ハリウッド版『GODZILLA』は「ゴジラ」を名乗らなければならない宿命が失敗だった

映画・舞台・音楽

保科省吾[コラムニスト]

 
「GODZILLA ゴジラ」2014年7月29日、新宿バルト9にて、15時の回を鑑賞した。
監督・ギャレス・エドワーズ 主演・アーロン・テイラー=ジョンソン、渡辺謙。
2014年5月16日、全米で公開され、初日興行収入は3850万ドル(約39億円)に達し、世界オープニング興行収入1位の1億9,621万ドル(約196億円)を記録した。・・・というような情報に接すると期待はいやが応にも高まる。観客は8割の入り。
このリブート作品の(作品的な)失敗は、タイトルを『GODZILLA』と名乗らなければならなかったことに尽きる。日本の同名映画キャラクター『ゴジラ』を、知らない日本人はほぼ、いないだろう。その姿かたちを知らない人も同じ様にいないだろう。
1954年に、東京を襲ったゴジラは、ビキニ環礁の水爆実験によって、「悲しみを湛えて生まれた」日本人はその造形にみな驚いた。つまりゴジラの出現が映画のひとつのピークだったのである。
観客は登場に驚いた後にさらに驚いた。東海道線、松坂屋銀座店、ニッポンビール本社ビル、銀座和光、旧都庁、数寄屋橋、日本劇場、国会議事堂、平河町テレビ塔、勝鬨橋、みな壊した。ピークの後にさらに驚くピークが待っていた。
ハリウッド映画『GODZILLA』の監督は、すっかり知られている姿かたちを現すシーンが単純な方法では、ピークになりえないことを知っていた。だから、じらす方法をとった。全体像は決して見せない。それは成功したと思う。
だが、その後に驚くピークはやってこなかった。
芸人が、顔に「笑わせようとするメーク」をほどこして登場する。ところが登場した後には少しも面白いことがなかった。『GODZILLA』は、そんな映画だったのである、というのが著者の総括である。
 
【あわせて読みたい】