創造するためには「もやもや」から逃げてはいけない – 茂木健一郎

社会・メディア

茂木健一郎[脳科学者]

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夏目漱石が、『吾輩は猫である』や『坊っちゃん』といった初期の作品を書くことによって救われたことに、創造をめぐる「自己」と「作品」の関係を考える大切なヒントがある。

創造者の胸には、もやもやがある。ひっかかりがある。そのような心の中のあれこれが、作品をつくることによって解消される。自分自身がより健やかになる。そこには、創造者と作品の一つの理想的な関係がある。

「これが気になる」、あるいは「もやもやする」という感覚は、脳の感情のシステムによるひとつつの「タグ付け」で、その下に、膨大な可能性が埋蔵していることを示すのである。作品をつくるということは、つまり、そのような埋蔵物を掘り出すことに相当する。

【参考】もったいぶった大人ほど「創造性」から遠い -茂木健一郎

もやもやや悩みをそのまま出すよりも、むしろ、その痕跡を留めないくらいに変形することで、本人はより健やかになる。個別性を離れて一般化したり、あるいはメタファー(隠喩)やアレゴリー(比喩)、シンボル(象徴)を用いて印象的な世界を描く。

このような創造のプロセスのひな型は夢にある。

夢では体験の内容やそれにともなう感情が新たな結びつきの下に、変貌して顕れるので、その表現は元となった体験とは異なる印象を持つ。創造の過程で作品に結実するプロセスも同じである。

もやもやから始まり、痕跡をとどめない作品を出すことで自分がすっきりするというプロセスが創造性である。だから、まずは自分の中のもやもやに注目すると良い。もやもやから逃げてはいけないのだ。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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