<相撲がプロレス化?>外国人力士の禁じ手を放置する日本相撲協会

社会・メディア

両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]

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問題だらけの日本相撲協会の話題は尽きません。

今もテレビは多くの時間を割いていますが、関心は横綱白鵬の取り口に向けられています。各番組は、白鵬の「張り差し」や「カチアゲ」は横綱の品格に関わると問題視し、どちらかと言えば「張り差し」について批判することが多いようです。

しかし、「張り差し」と「カチアゲ」を同列に扱うのは誤りではないでしょうか。

横綱の「張り差し」は品位やマナーの問題かもしれませんが、白鵬の「カチアゲ」の実態は「顔面への肘打ち」であり、命に関わる危険な技を放置して良いのかという問題です。「顔面への肘打ち」は非常に危険です。そのため、ムエタイ系以外のほとんどの格闘技でも禁止されています。

ボクシングは拳をグローブで覆うことで衝撃をやわらげて闘う競技ですが、それでも世界では650人以上、日本でもおよそ50人ほどが競技上の衝撃により死亡しています。そのボクシングのパンチ以上に強い衝撃を脳に与えかねないのが「肘打ち」です。

「肘打ち」はプロレスでも見かけますが、よく見ると肩もしくは胸板に向けられています。顔面や頭部への「肘打ち」は脳へ深刻なダメージを与え、身体的障害、ひいては死亡事故を引き起こす可能性が高いのです。実際に日本ではプロレスで「肘打ち」による死亡事故がおきています。

球技でありつつ格闘技の要素もあるラグビーでは衝突等により「脳震とう」が疑われる場合、臨時交代を許して医師がチェックし再出場の可否を判断するHIA(頭部損傷評価)という制度を執っています。

【参考】ルール違反でないなら何でもありか? 横綱白鵬

大相撲で取り組みにより死亡した例はこれまでないとされています。しかし、一昔前までほとんど見ることのなかった顔面への「肘打ち」による「昏倒」や「脳震とう」は昨今たびたび起きています。これを放置すれば重大な事故に至りかねません。

横綱白鵬の「肘打ち」のうち、知られているケースだけでもその危険度は一目瞭然です。

2012年9月場所: 妙義龍は夢遊病者のようにふらふらで記憶なし 白鵬はガッツポーズ
2016年5月場所:関脇勢が右肘打ちで一発KO
2016年5月場所:大関豪栄道が白鵬の右肘打ちで左眼窩壁骨折

これらの取り組み映像は、いわゆる「衝撃映像」ですが、なぜかテレビで放映されることはほぼありません。

これほど危険である横綱白鵬による肘打ちは何重にも問題があります。対戦力士は最高位である横綱に対して乱暴な「肘打ち」攻撃を仕掛けることは心理的にできません。下の者が使えない手を上の者が一方的に使うのは不公平です。

さらに対戦力士にとって、白鵬の「肘打ち」が分かっていても有効な対応策は難しいと専門家は言います。「肘打ち」対策は主に二つしかないそうです。ひとつは、立ち合いで「肘打ち」を喰らう位置まで踏み込まないことです。

しかし、これでは白鵬に一方的に踏み込まれ、簡単に負けてしまいます。残された手段は白鵬よりも早く立って「肘打ち」が来る前にぶつかってしまうことです。多くの力士は勇敢にこれを試みますが、「肘打ち」は早く打てますから、ほとんどが「肘打ち」の餌食になります。

さらに「狡猾」というべき白鵬の得意手があります。

立ち合い一瞬、左手で張り手を見せ、相手が反射的に左に向いた瞬間に右から「肘打ち」をかますのです。突っ込んでくる相手への肘打ちがカウンターである上に、左を向く瞬間のカウンターですからこれは二重のカウンターとなります。破壊力抜群です。

これまで「肘打ち」による脳震とうなどの危険な結果は白鵬戦が多いのですが、他にも例はあります。朝青龍、大砂嵐などの外国人力士が知られています。最近では幕下の武蔵国が強烈な肘打ちにより富栄を1発KOしました。まさに「昏倒」というべき瞬殺でした。富栄は立ち上がろうとして何度も倒れるという危険な状態となりました。武蔵国はアメリカ人力士です。

日本人力士にも皆無とは言えないのでしょうが、「肘打ち」が外国人力士に目立つことは否定できないと思います。ルール上は禁じ手ではありませんから、外国人力士が「肘打ち」をするのは当然と言えば当然です。

【参考】<日馬富士事件>重大傷害事件を軽微にするメディアの印象操作

それを「肘打ち」と言わずに放置し、「カチアゲ」と強弁して印象操作を続ける協会の対応は、重大事故に至った折には厳しく責任を問われることは間違いありません。「カチアゲ」と「肘打ち」はまったく別物ですが、いずれも大相撲の反則である禁じ手ではありません。

握り拳で殴ることは相撲の禁じ手です。ならば握り拳よりも危険な「肘打ち」を禁じ手にするのは当然のことです。長い歴史により相撲文化が染みこんでいる日本人なら言われなくても「肘打ち」はしませんが、明文化されないルールは外国人力士には理解不能でしょう。話は実に簡単なのです、手のひら以外で首から上を攻撃することを禁じ手にすれば良いのです。

様々なことに感性のにぶい日本相撲協会が事態をこのまま放置した場合、将来相撲がどういうものになってゆくのか、その一端を示すような取り組みを1月13日のテレ朝「サタデーステーション」が視せてくれました。昨年9月場所の白鵬・貴景勝戦です。

例によって白鵬は立ち合い左張り手から右肘打ちを貴景勝にかまします。両者離れて、白鵬の張り手フックの連発に貴景勝は突っ張りで応酬します。ややあって両者見合うと白鵬は下げた両手で「来るなら来い」とばかりに手招して貴景勝を挑発します。まるでプロレスを視ているようで、相撲としては実に見苦しい一戦でした。

しかし、実は「肘打ち」ばかりか「空手チョップ」や「ラリアット」、「ローキック」、「頭突き」なども禁じ手ではないのですから、外国人力士が増える「国際化」の中ではこれらの技?を誰かが使うかもしれません。ルール上、相撲はいっそうプロレス化しかねません。

相手を殴り倒したり、蹴り倒したりするのが相撲でないことを望むなら、きちんとルールを整理して明文化するか、あるいは「不文律」のままでも協会が強い方針を示し、各部屋の親方の厳格な指導によって相撲としてのあり方を守るのか、協会はしっかり取り組まなければならないはずです。

そしてまず緊急に、日本相撲協会はNHKの中継でさえ「肘打ち」と言う危険な技を「カチアゲ」などと強弁することを直ちに止め、「肘打ち」と「カチアゲ」の定義をきちんと切り分けた上で、首から上への「肘打ち」を禁じなければなりません。

事は白鵬ひとりがどうこうというレベルの話ではありません。もしそれをしないと、いつか有為の若者が惨禍に襲われる日が来るに違いありません。重大事故が起こってからでは遅いのですから、これだけは絶対に「待ったなし」です。

(参考:禁じ手)1.握り拳で殴る 2.頭髪を故意につかむ 3.目または水月等の急所を突く 4.両耳を同時に張る 5.前立褌を持つ 6.咽喉をつかむ 7.胸、腹をける 8.指または二指を折り返す

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