<「ありふれた人選」こそ本来のカタチ>新・五輪エンブレム審査委員会のメンバーはこんな人たち

社会・メディア

藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)]
***
9月28日、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会が設置したエンブレム「準備会」から、新たな「東京五輪エンブレム委員会」の設置とメンバーが発表された。
審査委員はデザイン業界に偏らない幅広い分野からの19名であるという。しかし、早くから名前が出ていた福岡ソフトバンクホークス取締役会長・王貞治氏などの著名人以外の人選はよく分からない人も多いはずだ。そこで本稿では、改めて審査委員のメンバーについて考察してみたい。
筆者が見る限り、メンバー19名はその役割として、きれいに二分することができる。
エンブレンム審査を進める上で、専門的な見地からテクニカルな判断や意見を出すことが期待される審査委員が9名。そして「国民の代弁者」「有識者」的なポジションとして、広い分野から選ばれた10名だ。
まず、エンブレム選考を進める上で、テクニカルな意見が期待される9名を具体的にあげると以下だ。(敬称略)
<デザイナー:2名>

  • 松下 計:東京藝術大学教授[グラフィックデザイン]
  • フミ・ササダ:株式会社ブラビス・インターナショナル 代表取締役社長

<美術分野:3名>

  • 宮田亮平:東京藝術大学学長[金属工芸]
  • 松井冬子:日本画家
  • 長谷川祐子:多摩美術大学教授[東京都現代美術館キュレーター]

<広告分野:1名>

  • 田中里沙:「宣伝会議」取締役副社長兼編集室長

<IT・ネット分野:1名>

  • 夏野 剛:慶應義塾大学大学院特別招聘教授

<法律分野:2名>

  • 但木敬一:弁護士/元検事総長
  • 林いづみ:桜坂法律事務所弁護士

東京藝術大学・松下計氏は前回のエンブレム公募条件の「受賞歴」もクリアしている人物。フミ・ササダ氏は、長野五輪エンブレムをデザインした篠塚正典氏が所属していたランドーアソシエイツ社の制作チームにいた人物だ。共にデザイナーとしての高い専門性とキャリアを持っている。
専門のデザイナーの起用が2名となっている点は、前回審査委員8名全員がデザイン業界人であったことを考えると対照的だ。
また、2名の法律家を人選している点は商標権や権利関係を重視し、慎重さのアピールがうかがえる。ただ、弁護士が審査委員会にいなくても、組織委員会などには多くの法律関係者、知的財産権の専門家はいるはずである。
「対外アピール」以外の目的では、あえて審査委員会に入る必要性はないような気がする。「法律家も入れました」というアピールだけの人選にならないように、実際の審査でも、法的観点から自分の意見を積極的に発言をすることを期待したい。
前回の審査委員の中心は広告業界のデザイン分野の人材であった。このことが「業界的偏り」とその「内輪感」を醸していた。しかし、今回は「宣伝会議」の田中里沙氏が広告分野を担うことになると思われる。
田中氏はいわゆる「デザイナー」ではないが、「デザインの利用方法」について熟知しており、デザイン業界との幅広い人脈も力強い。何よりも、これまで様々なデザインコンペや審査会の審査委員を数多く務めている経験があるため、利用者やユーザーの視点にたった客観的な判断や評価ができる期待は大きい。今回の審査委員の中では「唯一のプロの審査委員」と言えるかもしれない。
しかし、その一方で、9月28日の発表会見では「IT分野に詳しい人材」の登用を強くアピールしていたが、この分野で起用されたのは夏野剛氏の1名だけである。ニコニコ動画などを運営する株式会社KADOKAWA・DWANGOの取締役であるため、いわゆる「ネット民」の動向には敏感であると思うが、やはりこの分野が1名というのは心もとないような気がする。
さて、上記のように「専門性」から具体的な役割が期待される9名に対し、そうではない分野、いわば「国民の代弁者」「有識者」的な位置づけの10名は以下だ。(敬称略)

  • 王 貞治:福岡ソフトバンクホークス株式会社取締役会長
  • 杉山 愛:スポーツコメンテーター/元プロテニス選手
  • 田口亜希:パラリンピック射撃日本代表/一般社団法人パラリンピアンズ協会理事
  • 山本 浩:法政大学スポーツ健康学部教授[スポーツ評論]
  • 柏木 博:武蔵野美術大学教授[デザイン史]
  • 榎本了壱:京都造形芸術大学客員教授[企画プロデュース]
  • 今中博之:社会福祉法人素王会理事長/一級建築士
  • 志賀俊之:日産自動車株式会社取締役副会長
  • 西崎芽衣:一般社団法人ならはみらい事務局[立命館大学休学中]
  • マリ・クリスティーヌ:異文化コミュニケーター

こちらの10名は、スポーツ界からの3名(王貞治氏・杉山愛氏・田口亜希氏)、関連分野の研究者・評論家の3名(柏木博氏・榎本了壱氏・山本浩氏)などを中心に構成されている。
筆者としては、この中では特にデザイン史を専門とする柏木氏には期待したい。過去のデザインや事例など、多くの知見を有しているので、選考の過程でその深い知識が大いに利活用できるはずである。こういった人材を有効に活かすことできるか、ということが新たな審査委員会の課題だろう。
さて、一方で、今回の19名を見て、誰もが感じることは、「批判が起きないように、バランス良く選んでいるな」ということだ。その好き嫌いはさておき、誰が見ても、特に批判をしたり不満を持つような人選ではなく、説明されれば、おおむね理解されるメンバー構成である。
それは見方を変えれば、「ありふれている」ということにもなる。上記のメンバーであれば、五輪エンブレム選考でなくても、様々な「選考」や「審議会」などでも招聘されるであろう人選であるからだ。
もちろん「批判を生まない人選」に対し、戦略的人事だとの批判も目にするが、筆者としては、それが必ずしも悪いとは思わない。むしろ「ありふれた人選だから良い」と感じている。なぜなら、「ありふれている」ということは、「誰でも良い」ということでもあるからだ。
現に、次回のリオ五輪のエンブレムデザイナーが誰であるかなど、世界中のほとんどの人は知らないし、北京五輪のエンブレム審査委員が誰であるかなどは、誰も興味がない。それは「誰でも良い」からだ。そして、それこそが本来のカタチだ。
もっと言えば、愛されてさえいれば、エンブレムのデザインなどは、実は「どんなモノでも構わない」というのが、多くの国民の本音であると思う。ましては、審査委員が誰であろうが、それを制作したデザイナーが誰であろうがなどは、五輪の本質から見れば本来は関心の外だ。
オリンピック・パラリンピックの主人公はアスリートたちであり、それを応援する世界中の人たちであり、その注目は純粋に競技と大会それ自身に向かうべきである。エンブレムの選考やその過程に注目が集まっている現状が「異常」なのだ。
エンブレムは大会を盛り上げる一要素、一機能であり、主役ではない。本来は空気のような存在として、自然に五輪の風景の中に溶け込んでいるべきアイテムだ。今回の審査委員構成は、「エンブレム選考をごく普通の正常なカタチに戻した」という意味では、ひとまずは成功だと思う。
今後どうなるかは未知数であるが、ひとまずはこのメンバーでの進捗に注目したい。
 
【あわせて読みたい】