<結局、何を見せたいの?>「Dr.倫太郎」は色々な精神疾患を見せたいドラマ?

テレビ

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事/社会臨床学会会員]
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「稀で特異な精神症候群ないし状態像」(星和書店)という専門家くらいしか読まない本がある。中身を特に紹介するつもりはないが、気づいて欲しいのはタイトルである。
基本的には精神疾患はみな、稀で特異なものなのである。たとえば、ドラマなどでアイディアのない制作者がご都合主義で使うことの多い「記憶喪失の人」をあなたも知っているだろう。

「うつは心の風邪」

どこにでもありそうな、誰でもなりそうな「うつ」。そんな巧妙なキャッチコピーは、出来るだけ多くの人に病院にきてもらって薬を処方してもらいたいと考える製薬会社が作ったものだ。「うつ」だって基本は「稀で特異」、風邪みたいに多くはない。
精神科医(堺雅人)が主人公の「Dr.倫太郎」(日本テレビ)の第6話を見て思ったことがある。
このドラマは何を描きたくてやっているのだろうか。一話ごとに増えていく新しい精神疾患の名前を知って欲しくてやっているのだろうか。ちなみに、今回、登場するのは境界性パーソナリティ障害と虚偽障害である。
倫太郎の心理療法の技法はそれこそ、いまや、「稀で特異な」技法になってしまった精神分析である。倫太郎の精神分析家としてのスーパーぶりを描きたいのではないか、と言う意図も初期には見えたが、今は薄まってしまった。精神分析家としてのスーパーぶりは描けないと途中で気づいたのだろう。精神分析家の仕事はとにかく聞くこと。傾聴である。
何しろ、いまや倫太郎自身が迷える精神科医になっているのだ。今の倫太郎は夢野と明良(蒼井優)という2つの人格を持つ解離性人格障害のクライエントに完全に主導権を握られた医師になっている。
時々、「大丈夫ですよ」などの台詞を、落ち着き払って言うが、ストーリーがそうなっていないのでぷかぷか浮いてしまう。
今回は、若手精神科医・葉子(高梨臨)の倫太郎への愛の告白まであって(これはどこかでそうするつもりだな、という伏線がこれまでの放送にあったが)なぜ、今回なのか理解に苦しむ。葉子の成長物語でも別にかまわないが、こんな形で入れるのはあまりにストロークが短すぎてその成長を応援したくならない。
キャスティングしてしまった「大きな役者さん」のための見せ場をと言うことなら、まだやっていないのは、子持ちの看護師・桐生薫役の内田有紀だ。しかし、なんだか悪い予感がして次の第7話の予告を見たら、息子がサヴァン症候群を伴う自閉症スペクトラムだと言うのである。
サヴァンがあった方がギャップがあってドラマにしやすいのは分かるけれど、「サヴァンで自閉症」これもまた「稀で特異」なのである。
ということで「Dr.倫太郎」は、来週も監視対象になった。それから倫太郎の先輩の医者・遠藤憲一の見せ場はどうつくるのだろう、それも心配だ。
 
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