<ラグビーワールドカップ「南アフリカ戦」実況の違い>見事だったJ SPORTS、さすがのNHK、オソマツすぎた日本テレビ

エンタメ・芸能

両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
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ラグビーワールドカップ・南アフリカ戦。あらゆる競技を通じて史上最高の番狂わせとまで言われたあの試合、生中継していたのはNHK BS1とスポーツ専門チャンネルのJ SPORTS。地上波で放送権を持つ日本テレビは翌日に放送しました。
J SPORTSの実況アナをつとめたのは矢野武さん。もともとは大河ドラマにも出演した俳優さんで声が良いので誘われてアナウンサーもやるようになったようです。守備範囲の広い方ですが、自身経験者でラグビーはほぼ専門家。BS朝日「ラグビーウィークリー」のMCでもあります。
この方の熱い熱い南ア戦中継は、試合終了直前の80分19秒に発した、

「スクラムだ! 日本代表が南アフリカ相手に『スクラム組もうぜ! 宣戦布告』」

というフレーズ。これはネット上でも大きな話題になりました。
放送された3つのチャンネルの中継映像はどれも同じです。違うのは音声だけですが、ご存じのラストワンプレイの音声にそれぞれ特徴があります。いずれも熱いアナウンスではありますが、とりわけ矢野さんは熱く、ジャパンがトライをとった直後の

「とんでもないことをやってのけました日本代表! 世界のみなさん! これがニッポン代表です!」

と叫んだアナウンスは地元オブザーバー紙がワールドカップのベストコメンタリーモーメントとして賞賛しています。
もういちど最後のワンプレイの実況を視てみます。スクラムハーフ日和佐選手がスクラムにボールを入れてから逆転トライが決まるまでちょうど1分。
この間もっとも言葉数が少ないのが意外にも矢野さんです。ラグビー通らしく、ポイントポイントで短く言葉をはさみます。逆にもっとも言葉数の多いのが日テレの中野健吾アナ。入社12年目の中堅です。
日テレはラグビーワールドカップの中継に関してはツキがなかったようです。事前のPRサイトに何を血迷ったか水着の女性を使った「セクシー★ラグビールール」などという動画をUP。ラグビーファンの猛烈抗議にあわてて削除するというオソマツがあったうえに、肝心の世紀の一戦を生中継しなかったのですから。
日テレ・中野アナのアナウンスにもいささかオソマツと感じました。無駄なことばが多い上に、これ以上もないほど押せ押せの場面に必要とは思えないネガティブな言葉を連発しているのです。よほどに心配性の方なのでしょうか。

「相手はワールドカップチャンピオンの南アフリカ!」
「狙っている、南アフリカが狙っている!」
「ここで反則を犯したらその瞬間に試合は終わります」
「ボールが切れた瞬間に試合が終わる!」

そして極めつけはトライの瞬間の絶叫、

「ゴーーール!」(もしくは「ゴーーーライ!」)

もちろん、ラグビーは「トライ」で、「ゴール」はサッカーです。中野アナはサッカーがお好きなのか、何度聞いても「トラーイ!」とは言っていないように聞こえてなりません。
筆者が「さすが」と感じたのはNHKの豊原健二郎アナの実況です。入局19年目で仙台放送局の方です。過不足なく実況を続けてきた豊原アナも最後の瞬間はNHKのアナウンサーとは思えぬ涙声、しかももう裏返ってしまった超絶絶叫です。

「行けえ~! 行けえ~!、行ったあ~! トラーイ! ニッポン、ニッポン! 逆転!」

そして、筆者が凄い!と思ったのはこの後です。
豊原アナはこの絶叫から35秒間、ひと言も発しませんでした。歓声と歓喜の映像に身を任せきったのです。恥ずかしながら筆者は視ながら泣いておりました。この間、視聴者にはどんな名文句も不要だったと思います。
1936年のベルリン五輪で興奮のあまり「前畑ガンバレ!」を連呼したNHK・河西三省アナウンサー以来、スポーツ中継にはたくさんの名アナウンスがあります。しかし、NHKのスポーツアナの先人で名フレーズを連発した山本浩さんはこういう主旨のことをおっしゃっています。

「感動するのはアナウンサーではない。感動は視聴者のみなさんにおあずけするもの。」

沈黙することで感動を視聴者にあずけた豊原アナのこの35秒間も世紀の名アナウンスでした。
もっとも、後に特集番組でこの35秒間は「しゃべらなかったのか」それとも「しゃべれなかったのか」と問われた豊原アナは答えを濁していましたから、実は感極まってしゃべれなかったのかもしれません。しゃべれなかったとしても無理はありません。この試合はそれほどの試合でありました。
この奇跡の試合について、「ハリー・ポッター」シリーズのイギリス人作家J.K.ローリング氏も、自身のツイッターで「こんなストーリーは小説でも書けない!」と言ったそうですが、信じられないようなストーリーは試合だけではありません。
試合に至るまでの長い期間、日本代表はエディ・ジョーンズの指揮下で考えられるかぎりの周到な戦略を練り、それを実現するための厳しい鍛錬を続けてきました。
例えて言えば、事前に南ア戦でレフリーを務めるフランス協会のジェローム・ガルセス氏は8月に福岡で日本対ウルグアイ戦のために来日しています。この折に充分にジャパンラグビーを理解してもらい、代表は逆にガルセス氏のクセや好のみを学んでいます。
結果、試合では大事な場面で南アは反則を繰り返し取られ、ジャパンは重大な場面でペナルティを取られないクリーンな展開をしています。ほかにも、サインプレイやトリックプレイから宿泊するホテルの設備に至るまで、エディジャパンは驚異の準備を続けてきたのです。
ラグビーは乱暴に見えて実はとてつもなく知的なスポーツです。映画にしたら「クール・ランニング」どころの話ではない素晴らしい作品になるに違いない今回の大逆転劇にはまだまだたくさんのストーリーが埋もれています。
 
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