<クローズアップ現代・出家詐欺事件の本質>テレビディレクターが読み解く「過剰演出」と「ヤラセ」の境界線
両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
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ラーメン屋さんのロケで店員さんに、
「合図をしたらラーメンをテーブルのこのあたりに置いてください」
とお願いしただけで、周りから「あっ、ヤラセだ!」と揶揄されるなんていう経験は制作者ならいくらでもあります。
NHK「クローズアップ現在・出家詐欺事件」でも、一般の方からは、
「あの程度のことは、テレビは普通にやっているんでしょ」
と言われます。残念ながら視聴者にとっては、テレビはヤラセ疑惑に満ち満ちているようです。
では、今回の事例はどうなのか、NHKの調査報告書は、
「事実の捏造につながるいわゆる『やらせ』は行っていない」
としているのですが・・・。問題とされたのは、「出家詐欺」ブローカーであるA氏に多重債務者であるB氏が相談する場面を隣のビルから隠し撮りしたシーンです。
まず、隠し撮りはウソです。部屋にはA氏、B氏とNHKの記者もいたのですから隠し撮りもヘッタクリもありません。部屋は「A氏の活動拠点」とされていましたが、これもウソです。本当は多重債務者で相談に行ったはずのB氏の知人が借りている部屋でした。
このあたりは「過剰な演出」ということで担当者が処分された部分です。これだって事実の捏造にあたるような気もしますが、事の枝葉末節? でもあり、A氏とB氏、および二人のやり取りの中身が真実であれば本質部分にウソはないのでヤラセではないということなのでしょう。
報告書を読んで驚いたのはA氏とB氏とNHK記者の関係です。番組では記者がまずブローカーであるA氏をつきとめ、そこにたまたま相談に来た多重債務者B氏とのやりとりを撮影した、ということになっていますが、これもウソでした。
実は、単にウソだったということでなく、ここにこそ今回の問題の最大の危うさがあるように筆者には思えます。
たまたま相談に来たはずの多重債務者B氏ですが、B氏とNHK記者は8年も前からの知り合いで、記者にA氏を紹介したのも実はB氏だったというのです。B氏が大阪の「夜の街」や「裏社会」の情報に詳しいことから記者とB氏はここ1年半は月に1回ほど会っていたと言います。
そういう関係からか、B氏は今回以外にもいくつかの番組に出演していることが確認されています。記者にとってB氏は「事情通」としてなにかと便利に使える存在だったのではないでしょうか。よく刑事ドラマに出てくる「情報屋」みたいな感じがしないでもありません。
今回も記者はB氏に「出家詐欺の事情に詳しい人物はいないか」と相談します。するとなんとまあ都合良く「自分自身が近く出家の相談に行くつもりだ」とB氏が答えたというのですから、奇跡のような偶然です。その相談に行くという相手が、記者が以前に文化財の流出問題を取材していた時にB氏から「寺のブローカー」として紹介され一度会ったことのあるA氏だったのです。
B氏が記者に「A氏から出家を勧誘されたことがある」などと話したことから、記者はA氏が出家の斡旋もするブローカーであると考え、B氏が相談するところを撮影できないかB氏を通じて打診します。そしてB氏からA氏の了解が得られたと返事があり、問題の撮影に至るわけです。
今回の件では、記者は撮影当日までA氏に一度も直接取材をしていません。B氏から直接やり取りをしないように忠告されたからということですが、結局のところ、記者はすべてについてB氏を頼り、その結果すべてがB氏の掌の上で都合良く展開されて行きます。
これをNHKの記者はただただ受け入れているように報告書から読み取れます。報告書によれば、撮影が終わった後、記者とA氏、B氏は居酒屋へ行っています。そしてその翌日か翌々日にもA氏とB氏がいっしょに飲食店に行っているとB氏の知人が語っています。
なにやらごく狭い仲間内で今回の話は回っているようです。経験上こういう話は往々にしてどこか危ういものです。だって世の中そうそうたやすく都合良く行くものではありませんから。
案の定というか、A氏は自分は「出家詐欺」ブローカーなどではないし、NHKからヤラセをさせられたとしてBPO(放送倫理・番組向上機構)に訴えました。
A氏が「出家詐欺」ブローカーであるという裏付けを記者はしていませんし、相談として二人が交わした肝心の会話部分についての裏付けもしていません。
NHKは今回のケースを「過剰な演出」であって「ヤラセ」ではないと結論づけました。たしかに過剰な演出部分はテレビ制作者として反省すべき重要な誤りであったと思います。
しかし、もっとも大事なのは「過剰な演出」か「ヤラセ」かなどという言葉の問題ではなく、A氏、B氏が本当に番組が報じたような人物だったのかどうか、さらに二人のやりとりははたして「事実」が語られていたのかということのはずです。NHKの調査報告書はこの点には曖昧さを残していますし、今後調査するとも言っていません。
BPOがきちんと事実を示してくれることはとても重要です。放送内容に対する外部の影響力行使が露骨化する昨今、本当の危うさはこの問題をきっかけにして放送の自由が浸食されることです。BPOの奮闘を期待します。
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