<自閉症をテーマにした映画への危惧>映画『シンプル・シモン』はアスペルガー症候群の一例にすぎない
高橋秀樹[放送作家/東京自閉症協会・日本自閉症スペクトラム学会・日本社会臨床学会各会員]
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アスペルガー症候群の青年を主人公にした映画『シンプルシモン』。この映画は良く出来ている。しかしながらその反面、こうした映画を観るたびに、筆者は一抹の不安を、抱かざる得ない。
自閉症スペクトラムを描いた先行映画の筆頭は1988年公開、第61回アカデミー賞、ダスティン・ホフマン、トム・クルーズ主演の『レインマン』(原題: Rain Man)であることに異論はないだろう。ダスティン・ホフマンが、施設に入所する重度の自閉症スペクトラム者を演じた。トム・クルーズは、健常者で実の弟役である。
ダスティンが発現する自閉症の様態は、以下の様なものである。
- 極端なこだわり行動:必ずお気に入りの私設裁判番組を見ないとパニックになる。
- サヴァン症候群的な驚異的瞬間記憶能力:落ちた爪楊枝の数を瞬時に数える。写真像記憶の可能性もある。
- こだわりによる記憶能力:飛行機が好きだ、世界中すべての航空会社の事故記録を諳んじている。
- コミュニケーションの欠如:若干の発語はあるが他人と明確な意思疎通を、はかることは困難である。
これらの発現は、様々な自閉症者の発現様態を、混ぜて作ったものだという批判は、公開当時からあった。
つまり、自閉症者の発現様態は、個人により様々な違いがある。一つに合体させることは無理がある上に誤解を招く危険性もある。さらに、見る者にとってはサヴァン症候群的な驚異的瞬間記憶能力が、強く印象に残ることは容易に想像できるが、それが自閉症者の症状として固定されてしまう危惧もあるだろう。自閉症者は、平均発達者より記憶力が良いケースは多く見られるが、それを超えたサヴァン症候群的な能力を持つものは極めて少ない。
一方『シンプル・シモン』の主役、シモン(役名・以下同じ)は、アスペルガー症候群である。アスペルガー症候群は自閉症の中で知的遅れがない者を言うとされている。
シモンが発現する自閉症者としての様態は以下のようなものである。
- 時間に厳密で、同じものを食べ、同じ道を時刻通りに通り。スケジュール通り生活が進まないとパニックになる。
- 自分の場所、狭くて安心できる場所が必要だ。
- 天文学にこだわりがあり、百科事典的知識を持っている。
- 感覚過敏があり、他人に触られることを極端に嫌う。
- 発語は通常にあるが、人の気持ちを推し量る「心の理論」が完成していない。
『レインマン』と比べると、一見、同じようではあるが、微妙に違うこともわかるだろう。『レインマン』の功績は自閉症というものがあることを世に知らしめたことである。そして、「それ以後の映画」は、自閉症には様々なパターンがあることを知らしめることが役目になっていると筆者は思う。もちろん、あらゆる意味においてのエンターテインメント性がなければ観てもらえないのだから、そういったことも最低限必要である。
さて、『シンプル・シモン』のストーリーは公式ページによるとこうだ。
「18歳のシモンはアスペルガー症候群。他人の感情が理解できず、触られることを嫌い、自分だけのルールで生きている。気に入らないことがあると宇宙船に見立てたドラム缶にこもり、想像の宇宙へと飛び立ってしまう。そんなシモンを理解してくれるのは、兄のサムだけだった。ある日、恋人のフリーダと仲良く新居の壁を塗っていたサムに、困りはてた母親から電話がかかってくる。シモンがまたドラム缶にこもってしまったのだ。見かねたサムは、ドラム缶ごとシモンを新居に連れて帰り、『僕に君が必要なように、シモンには僕が必要なんだ』とフリーダを説得する。そうして始まった3人の生活だったが、自分のペースを秒単位で守ろうとするシモンのせいであっという間に破たんし、フリーダは出て行ってしまう・・・」
自閉症者と、平均発達者の兄弟。『シンプル・シモン』と『レインマン』はストリーの構造と、人物設定が似ている。だだし『シンプル・シモン』が、アスペルガー者の成長物語が中心であるのに対し、『レインマン』は兄弟愛を描く物語となっている。『シンプル・シモン』は第84回アカデミー賞外国語映画賞のスウェーデン代表である。
筆者の希望はこれを日本映画としてリメイクすることである。シモン役はオーディションで適役を。兄サム役は小栗旬、シモンを恋する娘・イェニファー役は仲里依紗ではどうか。
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