<東京ドラマアウォード2014が発表>「半沢直樹」の演出家「ジャイさん」こと福沢克雄の苦悩と挑戦
岩崎未都里[ブロガー]
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「世界に見せたい日本のドラマ」を選ぶ『東京ドラマアウォード2014』が2014年10月23日に発表された。
『半沢直樹』(TBS)で演出賞を受賞された福澤克雄さんこと「ジャイさん」。『半沢直樹』の放送から1年が過ぎ、次から次へと進むお仕事の最中、ジャイさんご本人も「半沢直樹」でいくつ目の賞の受賞か数えきれないことでしょう。
「ジャイさん」とは、福澤さん初演出ドラマ『3年B組』で主演の武田鉄矢さんがドラえもんの「ジャイアン」にちなんでつけた愛称で、演者さんからも愛されているのかと思いきや、演者さんだけではないのです。
TBSドラマ『MR. BRAIN』(2009)の公式ホームページの中に作られたコーナー『本日のジャイさん~全国のジャイさんファン必見!ジャイさんこと福澤克雄監督の動向を世に発信するかなりマニアックなコンテンツ~(http://www.tbs.co.jp/mr-brain/jaidiary/)』の存在からも、「局スタッフからも愛されているのか」と窺い知れます(現在でも閲覧可能)。
このコンテンツ以外にも、「2ちゃんねる」などでも、よく名前が出て「ジャイさん頑張れ!」「ジャイさん復活」などの応援スレッドが立っていたり、筆者もFaceBook友達経由で、「ジャイさんファン」の方々から「リアルタイム本日のジャイさん情報」を頂いたこともありました。
スタッフさん・演者さん・視聴者さんから、作品含め「ジャイさん」こと福澤さんご本人も愛されているのを感じます。今までテレビドラマ監督・プロデューサーさんはフロントに出ない方々が多い中、とても面白い現象ですね。
あるインタビューで、「愛されドラマ監督ジャイさん」が語った夢は次のようなものです。
「夢は『映画監督になる』ことだった。克雄少年は、映画『スターウォーズ』に出会って以来、その思いを忘れずにいた。紆余曲折を経て、TBSに中途入社した。『これからはテレビ局が映画を作る時代が来る。ドラマの経験を積んで準備をしておけ』という先輩の助言が頭にあったという。」
「ジャイさん(福澤さん)は映画監督になりたいのか!」と、思った皆さん。色々ありジャイさん初監督作品となった映画は『私は貝になりたい』(2008)。それより10年前、映画監督としての福澤克雄の手腕が発揮されている作品があります。1998年の木曜夜10時TBSドラマ『Sweet Season』です。オープニングと第一話が特に映画的で印象深いのです。そう『SweetSeason』は長い映画なのです。
メディアゴン執筆者でもあるTBSの貴島誠一郎プロデューサー作品を端から観ていて、この作品は異色だったので、放送当時にエンドロールでスタッフ確認をしたのを思い出します。「プロデューサー・貴島誠一郎」のあと、ラストにクレジットされている名前は「演出・福澤克雄」。
異色と感じた、その映画的で印象深い、第一話。まったく説明が無く物語が始まるのです。海外の映画でよくある、やり方ですが、日本の連続ドラマではチャレンジングな手法でした。
日本の連続ドラマでは、第一話は物語の背景や人間関係などを描き説明的なのが鉄板です。なぜなら視聴者が一話で理解できないと視聴率が落ちていくからです。なので、いきなり物語の世界に飛び込んでいくオープニングは本当に斬新に感じました。
映画は観客を作品世界へ誘う為に、説明的で魅力的な画を冒頭に度々インサートしていく、同様に、「SweetSeason」第一話も主人公の時系列のシーンに「プールの中で男の子が動かずに揺れる」幻想的で美しく残酷なシーンと「口論する家族たち」のシーンが交互にインサートされています。
他には、全編通して短いカット割りの映像と音で韻を踏んでいたりします。例えば、工場地帯煙突の焔のカット後に、煙草に着火する焔のカットや、鉄工所の騒音、湿った路面の靴音、中華街のざわめき、夜のSweetSeason入口のスモーク、オレンジ色に染まった横浜港の夕景、本当に印象的です(作品以外でも夕日を撮る習慣のある福澤さんは「オレンジの帝王」と「2ちゃんねる」では呼ばれております)
筆者自身が大学卒論が、スタンリー・キューブリックについて研究をしたので、画と最低限な台詞で全てを語る、削ぎ落とした演出に近いものを感じました。
キューブリックが映画「シャイニング」で使用したスティディカム・カメラ(移動撮影のブレや振動を抑えるスタビライザー付の特殊カメラ)はご存知でしょう。「シャイニング」では、長い廊下を三輪車で走るカットの長回し撮影や、山場の吹雪の迷路の追跡シーンを撮影し、凄い効果をあげています。
この手法をドラマ撮影に使用したのは、TBSで「Sweet Season」が初、福澤さんはスティディカム・カメラでティピカルな日本家庭を縦横無尽に撮影しています。
家庭に居場所の無い父役:蟹江敬三さんが、玄関抜けてリビングに行くまでの目線から感じる重たい空気、母役:市毛良枝さんの後ろ姿を追いかける主人公で娘役:松嶋奈々子さんの感情が爆発するカット、登場人物の心理状態を視点として表現して感情移入させたのです。
(今見ると画質の違うシーンがハッキリわかるので、福澤さんが感情移入して欲しいシーンが読み取れます。作り手の気持ちがわかるので何度も繰り返し観る楽しみはやめられません。)臨場感溢れる生々しい表現は、観ていて辛くなるほどでした。
放映当時に一緒に観ていた父から「辛いからチャンネル変えろ」と苦言が出たり、今でもDVDを流すと母や姉に「辛い」と言われます。どこの家庭にもイザコザはありますよ。重たい空気、家に帰りたくない時もある、そのリアルさを描き、視聴者に辛さを感じさせた、この時点で福澤監督の勝利です。
ところが残念ながらご本人の福澤さんは勝利より敗北を感じた様子がDVDBOXのノートインタビューからうかがえます。「Sweet Season」に関して福澤さんはかなり苦戦したようで、局内でも新しい手法を随分と批判されたとのことです。
福澤さんの気にされた「視聴率も13%前後で横ばい…」確かにこの言葉は重いです。(同枠2作前「智子と知子」で10%以下を出した経験からでしょう。)「毎日局へいくのが辛かった(笑)。「凄くいいよ!」、と言ってくれたのはプロデューサーの貴島さんだけでした。」と語っています。
15年を経て「半沢直樹」は放送当初、本当に同じドラマ監督さん?と、かなり驚きました。もちろん、その間も福澤作品は観てきていますが、またしても過去作品に無いアプローチ、ある種の抜け感と覚悟を感じました。(2部構成でわかりやすいナレーション、正義と悪、逆境に負けない主人公、決め台詞、最後は大逆転。と時代劇的なフォーマットで銀行を舞台に「金」を巡る戦い。ある意味、様式美なので、途中から観ても気にならない。)
福澤監督は「ふつう、ドラマにはテーマを作りますが、この作品にはないんです。テーマがなくただ面白さを追求した。面白さを追求した作品として黒澤明監督の『用心棒』が名作だと思ってるのですが、あんなに難しいものはなくて、相当な『度胸』が必要なんです」と語ってます。この『度胸』はたくさんの現場での修羅場(打ち切り・降板・数字との闘い)で身につけた経験値から成り立つものでしょう。
「この番組は『視聴率のことは忘れよう!』という福澤さんの掛け声と共にはじまった」
ものづくりする時に結果(視聴率)を忘れる『度胸』も時には必要です。(その視聴率の数字を敢えて比較すると「Sweet Season:13.9%」→「半沢直樹:42.2%」の「三倍返し」ですね)
「やりたいこと」と「経験値」、「センス」が高い次元で実現した結果「数字」になってついてきました。当のご本人が予想外の結果、は、いつの世もついてまわります。福澤さんも今回はさすがに勝利を感じたことでしょう、と、思いきや、いつの世も勝者は勝利を感じる間も無く、次から次へと新しいステージで挑戦し続けるのです。ドラマ監督作品含め、次回の映画監督作品も楽しみに待っています。
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