<歳を取れなかった寅さん>木村拓哉とともに歳をとる「久利生公平」を見てみたい

テレビ

両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
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「男はつらいよ」の寅さんは歳をとることができませんでした。
その昔、第1作「男はつらいよ」を銀座の並木座で観ました。封切りから時間がたった名画座だというのに通路までぎゅうぎゅう詰めの熱気むんむんで気分が悪くなりそうでした。が、すぐその面白さに飲み込まれました。
おいちゃん役を森川信が演じていた初期の作品は寅次郎に渡世人(テキ屋・香具師・やくざ者)の臭いがありました。この頃がもっとも面白かったような気がします。
妹・さくらが第1作で結婚、長男・満男が生まれると映画とともに満男だけは成長して行くものの、寅次郎はいつまでたっても歳をとっては行きませんでした。いつからか寅次郎はやくざ者から気ままに旅を続ける〝風来坊〟になり、土地土地で美女に惚れてはフラれる物語が続いて行きました。
渥美清さんは1928年生まれですから第1作が制作された1969年は41才、寅次郎は1940年生まれで30前の設定でしたから、最初から12才のギャップを抱え込んだまま26年間、ほぼ歳をとらない、とりわけいくつになってもキャラクターが変わらない寅次郎を渥美さんは演じ続けねばなりませんでした。やがて生身の渥美さんは歳を重ね、病に冒されます。
最終第48作(1995年)の撮影中にNHKが撮ったドキュメンタリーがあります。渥美さんはすでにガンに侵され撮影は無理と医者から言われておりました。歩くことさえ精一杯の寅さんは、撮影を見る人々に手を振るどころか視線を向けることさえできませんでした。渥美さんの言葉です。

「スーパーマンが、撮影の時に見ていた子供たちが『飛べ!飛べ!早く飛べ!』って言ったっていうけども、スーパーマンはやっぱり二本の足で地面に立ってちゃいけないんだよね。だから寅さんも黙ってちゃいけないんでしょ。24時間手を振ってなきゃね。・・・ご苦労さんなこったね。飛べ!飛べ!って言われても、スーパーマン飛べないもんね・・・。」

寅次郎に老いは許されませんでした。
木村拓哉さんの代表的なキャラクターと言えば「HERO」(フジテレビ)の久利生公平でしょう。別のドラマで総理大臣をやっても中身は久利生公平で、これが大きな魅力でもありました。しかし木村拓哉さんもいまや43才。中年のオッサン年齢ですからいつまでも歳をとらない「久利生公平キャラ」を演じるのは難しいのかも知れません。
もちろん、これ以外のキャラクターもたくさん演じているのですが、久利生公平キャラほどの魅力を見せてはいないように思います。先ごろ終わった「アイムホーム」(テレビ朝日)も熱演されていました。
さすがに視聴率だってそれなりに稼いでいるのですが、演じたキャラクターにどれほど魅力があったのか…。木村拓哉が『アイムホーム』で演じたあのキャラクターを多くの人がまた視たいと強く思うのかどうか…。
おそらく関係者は齢を重ねて行く木村拓哉さんの方向性を試行錯誤されているのだと思います。
筆者が視てみたいと思うキャラクターがあります。歳をとった久利生公平キャラ。40才の久利生公平キャラ。50才の久利生公平キャラ。なんなら、60才の久利生公平キャラ・・・。木村さんとパラレルに年齢を重ねて行く久利生公平キャラです。
それがどんな役であってもかまわないのですが、齢を重ねた久利生公平キャラが登場するドラマ。60才の久利生公平キャラはどこか古畑任三郎に似ていたりして。
寅さんは歳をとることが許されないキャラでした。しかし、久利生公平はどうでしょう。ひとつの人物造形として年齢とともに変化して行く久利生公平キャラはあり得るような気がするのです。
「安堂ロイド」(TBS)、「アイムホーム」と比較的シリアスなキャラクターを演じる方向に寄せているように見える木村拓哉さんに、もうひとつ、寅さんのように歳をとらないのではなく、年齢相応に変化して行く久利生公平の魅力的なキャラクター造形が続けられたら、それはそれでとても楽しめるような気がするのですが。
木村さんが様々な人間を演じる俳優でありつつ、一方で久利生公平キャラを生涯演じ続ける「性格俳優」であることの両方をやって欲しいと願うのは、ドラマ素人の繰り言なんでしょうか。
 
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