<テレビ局と制作会社の競争>テレビ制作会社は「Netflixが求める水準の番組」をつくる能力があるか?


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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Netflixと言う黒船がやって来たことは、日本のテレビ制作会社にとって大きなチャンスである。ただし、これらテレビ制作会社は「Netflixが求める水準の番組」をつくる能力があるのだろうか。

まず、求められるのはドラマである。これはアメリカのNetflixの番組編成を見れば分かる。

アメリカでドラマはどう作られるのだろうか。物の本によれば、アメリカでは映画やテレビドラマにしたい脚本を書いている志望者がごまんといる。映画監督志望者や、小説で芽が出ないので脚本を書いている人たちである。

彼らは自分の脚本を売り込むためにエージェントに依頼する。エージェントは脚本を読み、ものになると思えば(つまりエージェントは良い脚本を見分ける能力をもっていることになるが)、依頼者の脚本家と契約をして映画会社やテレビ局のプロデューサーに売り込みをかける。

この交渉が成立すればドラマとして撮影されることになる。もちろん、映画会社やテレビ局のプロデューサーも脚本の善し悪しを見抜く能力を持っている。彼らは大学の映画学科などで、その訓練を徹底的に受けている人物たちなのである。

テレビの場合、脚本が通って、一本のドラマができたとする。できても、すぐに放送となるわけではない。たいてい、事前に不特定多数の一般の観客にプレビューしてもらう。それで反応が良くないと、このドラマはお蔵になる。

映画では、持ち込み脚本以外にも会社自体の企画ものがある。この場合、脚本家がひとりで書き上げることは、ほとんどない。アメリカの脚本づくりはシステマティックな分業制である。

脚本家はチームを組みアイディアを出し合う。それを元に、そのうちの誰かが実際に台詞とト書きを書き起こしてゆく。監督が脚本を書くときも当然ある。助監督に書かせることもある。

ノン・クレジット(名前の出ない)のスクリプト・アナライザーと言った職種の外部の人に脚本の分析をしてもらい、欠点の指摘を依頼することもある。この人達は、映画のヒットの要素を分析的にメソッドとして確立している。

「脚本の25ページまでに事件がないも起こらないのはダメだ」

「メインストーリーにサブストリーが絡んでくるのは35ページまでに出ないとたるくなる」

・・・等の指摘をする。これが良いシステムがよいかどうかは異論があるだろうが、最低ラインの映画としての成立は保証されるだろう。

アメリカでは「プロットだけの企画書」というのは基本的にあり得ない。最低、脚本ができているというのが条件だ。脚本がないとキャスティングもできない。大スターが自分がやると約束していると言う時だけが例外だ。

ハリウッド流のチーム制の脚本づくり

ハリウッド流のチーム制の脚本づくりというのは、かつて日本でも行われていた。黒澤明監督の映画がそうである。

「七人の侍」では、脚本に「黒澤明、橋本忍、小国英雄」の名前がクレジットされる。橋本が脚本初稿を執筆。その後、小国英雄を加わって、黒澤明と友に3人は熱海の旅館「水口園」に45日間、投宿して共同執筆。この中では、おそらく、小国英雄がスクリプト・アナライザーとして、機能したと思われる。

この共同脚本のシステムは日本では充分な文芸費が使えない事情もあって、次第になくなっていく。「男はつらいよ」では、山田洋次監督自身と助監督の立場であった朝間義隆が脚本とされるが、実際は朝間義隆が脚本のメインで山田監督はそれを直すと言う立場であろう。

日本では、映画会社の社員である助監督はとにかく脚本を書く。その脚本が認められればそれを持って監督に昇進して1本撮らせてもらえる。監督なったら社員を辞め、フリーになるのが原則である。

日本のテレビドラマでは「オン・ザ・ジョブ・トレーニング」でプロデューサーやディレクターはドラマ力を鍛えてゆく。

日本の制作会社はNetflixが求める水準のドラマを作れるか?

さあ、ここまで来て、本稿のテーマであるNetflixが求める水準のドラマを作れる能力が日本のテレビ制作会社にあるか考えてみる。

これを判断するときに間違えてはいけないのは「どのテレビ制作会社が撮るか」ではなく、「テレビ制作会社の誰が撮るか」である。

ドラマの制作実績のないテレビ制作会社は除外される。派遣で下請け中心にやっている会社も除外される。会社としての実績はあるが、実績のある人物がいないところも除外される。

そう考えると、共同テレビや、テレビマン・ユニオン、テレパック、ドリマックス、各映画会社、ケイファクトリーなどだ。そう多くはない。

実はこの実績が一番あるのは、各テレビ局のドラマ制作部である。

いずれ、テレビ局のドラマ制作部門は自局のドラマを作るだけではなく、Netflix等のためにドラマを作る時代が来ると思う。

テレビ局が番組を他に売るという選択肢

在京民放キー5局のテレビ局には、どこも、1時間のテレビドラマ枠が3枠程度ある。ドラマは制作費が高いから減少傾向にあるが、ドラマを放送しないテレビ局などあり得ないから、皆これを維持している。

ドラマはバカではできないから(勿論どのジャンルの番組もバカがつくってはいけない)、各テレビ局のドラマ部には、それなりに優秀な人材が揃っている。華やかなヒットドラマをつくった実績のスタープロデューサー、スターディレクターも輝いている。

今後、テレビ局へのCM出稿量のパイは減っていくから、テレビ局はイベントや不動産業など、他の収益を得る道を開拓するのに必死である。各テレビ局が、今後どういう位置に立って会社を維持していくかは考え方ひとつだが、自局の財産である制作力を使って番組を他に売るというのも選択肢のひとつだろう。早く言えばNetflixに番組を売ることである。

これは踏み切れるかどうか、決断の問題である。

テレビ局は分社化を行っており、TBSを例に取れば、持ち株会社のホールディングスがあり、番組制作を主にするTBSテレビがあり、筆頭プロダクションであるTBSビジョンがある。

同じビルの中に違う給与体系をもつ人が同居している。フジテレビには制作部門の共同テレビがあり、日本テレビにはアックス・オンがある。

これらテレビ局傘下の製作プロダクションは、自由に番組を外部に売ることができるし、自局の製作部門も、決めさえすれば外に番組を売ることに問題はない。

大体、アメリカでさえ3つしかない全国ネットワークが、日本にはNHKも含め6つもあるのは過剰であり、この過剰を維持できてきたのはテレビ界が日本に最後に残ったお国の護送船団だからである。が、そうも行かない時代がやってくる。

となると、テレビ局と外部の独立テレビ制作会社は、外に番組を売るにあたってライバルとなる。独立テレビ制作会社は財務的に弱いので、このままでは後塵を拝すが、たとえば、Netflixが先に制作費を渡すと言う方法をとることになったらどうだろう。

独立テレビ制作会社はテレビ局に番組を納入しても支払いは通常3ヶ月後である。この3ヶ月の間は銀行からの借り入れでまかなわなければならない、それがなくなるとしたら、制作能力のみの戦いとなる。

テレビ局と独立テレビ制作会社の競争が「質」を高める

テレビ文化の発展のためにはテレビ局と独立テレビ制作会社が、対等の立場で戦う方がよいに違いない。ハンディなしの競争は「質」を高める。

場外となったテレビ局のドラマ部間の戦いも面白い。勝負は今、制作能力を高めるためにどれだけ力を入れているかに関わってくる。

GYAO! のYahoo! JAPAN や、ニコニコ動画のドワンゴはどう動くだろうか。これらネット発祥の映像メディアは、基本的に金を掛けないで番組をつくるのが基本である。できるだけ資本ゼロ円に近い額で企画を始め、次第に大きくしていく。

大きくならなければすぐ止めるし、大きくなれば、思い切って金を使うという方向に進む、海外の大きな番組を買い付けるなどである。

ただし始まりは金を掛けないというのが基本方針であるため、自ら制作費を出して、成功の可能性が分からない物をつくるという方向には抵抗があるのではないか。だが、この世界は鶴の一声とスピードが信条なのでどうなるかは未知数だ。

ところで、Netflixはドラマ以外にどんなソフトを欲しがるだろうか。アニメ、リアリティ番組、ナショナルジオグラフィック風の自然物。舞台などの中継は要らないだろう、それよりも舞台ならそれをリメイクしたドラマ、それから今の若い人は見たことがない旧作ドラマのリメイクである。

「七人の刑事」など、良いかも知れない。

 

 

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