<笑いにおける「フリ」の意義と意味>お笑いは「ボケ」と「ツッコミ」だけではない。


高橋維新[弁護士]

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「ボケ」と「ツッコミ」は、お笑いの専門用語の中でも、もう一般用語として広く知れ渡っている言葉であろう。広まり過ぎたので、最早専門用語ではなくなっていると言っていい。

この二語が広まったおかげでお笑いに対する理解が進んだのは喜ばしいことであるが、弊害もある。あたかも、ボケとツッコミだけでお笑いの全てが説明できるというような空気が生まれたことである。お笑いには、もう一つ重要なファクターがある。それが、「フリ」である。

そこで本稿ではこの「フリ」の何たるかについて書いてみたい。

「フリ」が「ボケ」と「ツッコミ」に比べていまいち一般に浸透していないのは、この語が非常に多義的な点に原因があると思う。多義的であるがゆえに、正体がつかみにくいのである。

最も広い意味でこの語を使った場合、「何かに先立つ何か」という意味である。

「VTRのフリ」という場合、VTRに先立つ何かのことである。「何か」の内容はなんでもいい。スタジオのタレントが「VTRどうぞ!」と言うだけでもそれはVTRのフリであるし、例えば番組内でVTRを流す前には常にファンファーレを鳴らすようにしているのであれば、ファンファーレがVTRのフリである。

「ボケのフリ」と言った場合もこのように広い意味である場合があるが、特に、ボケを誘引する一定のフレーズや動きを指す場合がある。モノマネタレントのコロッケに、

「どうですか? ちあきなおみさん」

と聞くのはコロッケのモノマネを誘発するフリである。レツゴー三匹で言えば、

「じゅんでーす」

「長作でーす」

と言うのも最後に登場する、

「三波春夫でございます」

というボケを誘発するためのフリである。この例から分かると思うが、ボケの人に話しかけるタイプのフリ(コロッケの例)も、そうでないフリ(レツゴー三匹の例)もあるのである。

一般にモノマネのフリなどといった場合、実際にモノマネをやる人に話しかけるものばかりを想像する方がいるかもしれないが、それだけに限定されるわけではない。

ただここで論じたいのは、このように広い意味のフリではない。もっと狭義の、ボケの補助手段としてツッコミと対置されるフリである。

ボケとは、ズレである。

古典的な例を挙げれば、男なのに女の恰好をしているとか、街中なのに素っ裸であるとか、そういう「ズレ」が笑いを生むのである。このズレを、時系列的にはボケの後に回る形で、指摘するのがツッコミである。すなわち、ツッコミとはボケの存在や意味を受け手に分かってもらうための技術であり、その意味でボケの補助手段である。

今回論じたい「狭義のフリ」も、役割はツッコミと同じである。ボケを分かりやすくするための補助手段である。ツッコミとの違いは、ツッコミが時系列的にはボケの後に来るのに大して、フリは、その名の通り、ボケの前に来るということである。

ボケは、前述の通りズレである。逆に、ズレていなければボケにはならない。ではボケの前にズレていないことをやれば、受け手はそれとボケとを対比することで、ボケの存在や意味に気が付きやすくなる。それが、フリの役割である。

前述の「男なのに女の恰好をしている」というボケを例にとる。

例えば、男湯の脱衣場にオカマが入ってくるという古典的なコントをやるとしよう。冒頭いきなりオカマを登場させると、視聴者が面喰って笑いが起きない可能性がある。そこまず、オカマより前に、スーツを来た普通の男性を3人ばかり入れる。これは、何のズレもないので、ボケではない。ところが、その後にオカマを入れると、前に普通の男性を3人入れているから、それとの対比でオカマというボケが分かりやすくなるのである。

これがフリの役割であり、普通の男性3人をまず入れるというのがフリである。

そうなると、レツゴー3匹のギャグの例は、この狭義のフリにも当たるのである。じゅんと、長作は、それぞれ普通に自己紹介をしており、そこにはズレも何にもないため、その後の「三波春夫でございます」というボケが際立つのである。

この役割さえ果たしていれば、全てフリである。ボケの人が言う場合もあれば、ツッコミ役の人が言う場合もある。あとは単純な各論になるので、例を見てくれればよい。

<ボケの人が言う例>

A「テスト返ってきたな」

B「何点やった?」

A「いや俺ムチャクチャできてたで」 ←フリ

B「ほんま? 何点や?」

A「12点」 ←ボケ

B「いやできてへんやん」 ←ツッコミ

<ツッコミの人が言う例>

A「テスト返ってきたな」

B「まあ今回のは簡単やったな。俺でも82点とれてたで」←フリ

A「俺マイナス2点」←ボケ

B「そんなん、あるかい」←ツッコミ

このように、フリの種類は千差万別である。上記の例のように言葉を用いるフリばかりではなく、非言語的なフリもある。例えば、厳粛な入学式での校長挨拶で校長のマイクがハウリングするというコントをやる場合、生徒が黙っているとか、空気が張りつめているといった厳粛な雰囲気自体がフリになる。

フリは、上の例のようにツッコミと併用される場合もあるが、いつもそれではフリという手段それ自体の意味がなくなる。フリの強みは、ツッコミがなくても笑いが引き起こせるという点である。この強みは、ピン芸人にとっては重宝するものである。ツッコミというのは、自分でやるとおもしろくないというのが笑いの鉄則である。

ボケは、自分以外の誰かにツッコんでもらわないと引き立たないのである。それが(物理的に)不可能なピン芸人は、フリをうまく駆使していく必要がある。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。