<寄席とホールの違いって何?>ホールや公会堂で楽しむ「ホール落語」の魅力と可能性(その①)
齋藤祐子[文化施設勤務]
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(その②はコチラ)
落語会には、ほぼ年間を通して同じような落語、漫才や寄席芸がかけられる演芸場(寄席)でのものと、その他の会場、いわゆる多目的ホールや劇場での落語会の2つに分かれる。ある年代までは、落語を聞きに行くといったら、この演芸場(寄席)に行くことを指していた。
いま時は、あちこちの公会堂や公立ホールなどで、気軽に楽しめるコンテンツとして落語会が開催されることが増えてきたため、寄席に行ったことはないけれど落語会には行ったことがある人も多いかもしれない。未だに落語というと、大喜利のことだと思う人がいる一方で、若い人の中にはお笑いのライブの延長に、若手落語家の会があるという人もいるようだ。
一般に寄席などの定席(基本的に何の噺をするかは噺家に任される)に比べると、ホールで実施される落語会(「ホール落語」と総称される)のほうが、演者や企画の魅力を押し出すものになりやすい。
理由は明らかだろう。会場を選び、企画をたて、そこでこういう落語会があることを告知してチケットを売りさばくことが必要になってくるためで、実施の時点で魅力がなければならない。集客できるとなればコンサートなどと同じくプロモーターからも「引き」がある。
両者の違いは、演芸専門のプロデューサー兼プロモーターである席亭が劇場ごと所有して運営するのが寄席で、場所を借りて企画者が会を催すのがホール落語会、となろうか。
若手の落語家が、自分の勉強を兼ねて、自分を応援してくれるお客さんを作るために、あるいは寄席ではできない自分のやりたいことを実現するために、自分が主催して落語会をひらくことを「手打ち公演」という。すべての金銭的リスクを背負い、広報や宣伝や販売促進まで一手に行うために、興行の仕組みの勉強にはなるが、経済面でも人手的にもかなりつらい開催となる。
もっとも、目利きの企画者が当代の名人を集めて開催する「○○名人会」とか「○○落語研究会」と称する会もある。こちらはその特別の企画のために落語家が出演を請われていくため、販売などのリスクを背負うことはない。とはいえ、特定のネタをやるよう要請されるなど、日ごろは演者兼演出家として自分の裁量で高座を務める落語家からすると多少ハードルが高くなる場合もあろう。
企画性というよりは、つながりや取り合わせを考えた会もあり、代表例は同門の師弟を集めた「一門会」、同門の兄弟弟子が2,3人で会を持つ「兄弟会」、師匠にでてもらい弟子が奮闘する「親子会」、人気が出てきた同士などを組み合わせた「二人会」、じっくり一人の演者の魅力を伝える「独演会」などである。
さて、寄席に出ない会派が東西それぞれに存在するが(立川流、円楽党、米朝一門など)、彼らはそもそもホール落語が活動の中心であり、若手のうちは寄席形式の一門会に出て腕を磨くが、それだけでは落語を人前で演じる機会が寄席に出る会派の落語家にくらべて極端に少なくなる。
加えて最近のホール落語会では、師匠の前座に弟子が出ることさえはばかられるのか(下手な奴を出すな、ということか。コンサートなどで本命のアーティストの前に演奏するバンドを前座といったことからすると隔世の感がある)師匠のお客さんというもっとも手近な顧客リストが使えないというケースもあるようだ。となると、若手のうちからせっせと自分の企画で会をもつことをしなければ、ネタもふえず自分の客もつかず、そしてこれが一番重要だが、自分の芸・個性もみつけられない。
一方、寄席を中心に活動する会派は、寄席での定席がまず基本。そこから派生してお声がかかり、地方での会やらプロモーターが企画してくれる独演会にでかける。こちらは、いつもと違うちょっとしたハレの日だ。時には、寄席にかけにくい企画を、自分の会として企画することもある。いずれにせよ、寄席というホームグラウンドがある彼らからすると、寄席以外というのが際立ったものとなってくる。
独演会や一門会中心で会派を率いた立川流と円生一門(のちに円楽党)は、ホームグラウンドをもたないがゆえに、このハレの日ばかりが日常ともいえ、常に自分の顧客の開拓のためにイベントを仕掛けたり、新しいシリーズものを展開するなどの企画力が必要になってくる。
また、会派を問わないが寄席だけに安住せず、落語家みずからが企画する会には、この手の企画性の高い試みがある。
- 比較的知名度も高く、集客力のある落語家に限っても、初心者と通向けに会を分ける(立川談春の「白談春」と「黒談春」)
- 寄席になじまないダークな創作噺をかけるシリーズを作る(柳家喬太郎「アナザーサイド」)
- 毎年決まった時期に特定の場所で数年続けて落語会を開き、そこにテーマ設定をする(立川志の輔「パルコ劇場での落語会」下北沢での落語会のシリーズなど)
- 創作落語の会を作り定期的に発表の場を持つ(春風亭昇太、三遊亭白鳥ら6人のSWAでの活動)
- 中堅どころの3人でコントを含めた会をひらく(柳家喜多八らの落語教育委員会)
さらには、
- 会派の垣根もこえ銀座の街をジャックした大規模なもの(春風亭小朝がプロデュースし銀座の街の各所で大小の落語会を同時多発的に実施した大銀座落語会)
がある。(*現在休止の企画・活動も多い)
こうしてみてくると、寄席の定席というのは、新鮮さはないけれど、いついってもそれなりに落語や演芸が楽しめる、入れ替わり立ち代わりでてくる落語家が、ある日化け始める(急に伸びて上手になる)瞬間に立ち会えるなどの常連的な楽しみ方ができるともいえる。
(その②はコチラ)
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